- 公開日:2019.05.27
薬剤師の仕事が作品に活きている。柏葉幸子さんインタビュー【薬剤師+児童文学作家】
薬剤師としてのお仕事以外でも活躍される方にお話しをお聞きする、インタビュー連載企画。第5弾となる今回は、児童文学作家として人々に愛される作品を数多く送り出している【柏葉幸子さん】にお聞きしました。
柏葉さんは、1974年に第15回講談社 児童文学新人賞を受賞しデビュー。以降、第一線で活躍されており、2019年4月26日には『地下室からのふしぎな旅(1984年初版発行)』を原作としたアニメーション映画『バースデー・ワンダーランド』が公開されました。アヌシー国際アニメーション映画祭2019の長編コンペティション部門にノミネートされるなど注目を集めています。
薬剤師と児童文学作家の経歴をお持ちの柏葉さん。インタビューでは、「児童文学作家の道を歩みはじめた経緯」や「どのように薬剤師と児童文学作家の仕事を両立してきたのか」など、これまでのご経験をお話ししていただきました。
作家デビューは大学在学中。しかし、薬剤師を目指す気持ちは変わらなかった
1974年、大学在学中に児童文学作家としてデビューされていますね。どのような経緯で活動を始められましたか?
当時の薬学部は4年制。2年生までは座学中心で余裕があったのですが、3年生になると実習が増えて自由な時間が減ってしまうとされていました。「自分の時間が確保できるのは2年生まで」という雰囲気があったのを覚えています。
限られた時間を大切にしようと、趣味を持っていた友人たちは、みんな毎日の勉強の憂さ晴らしとして趣味に熱中していました。山が好きな子は山小屋でアルバイトをしたり、絵が好きな子は絵画教室に通ってひたすら油絵を書いていたり。
そんな周りに感化され、私もなにか始めたいと思ったのがキッカケです。もともと本が好きなことと物語をつくることにも興味があったので、自分で書いてみることにしました。
そうして19歳か20歳くらいに初めて長編作品を書いたんです。せっかくだからと作品を講談社の児童文学新人賞に応募したら、最終選考まで残ることができました。
結果的には落選してしまいましたが、審査員の佐藤さとる先生から講談社に、「この子は面白いからもっと書くように言って」と話をしていただけたんです。そんな後押しがあったからこそ、デビュー作を書くことができたと思っています。
デビュー後も、薬剤師を目指す考えは変わりませんでした。講談社の方にも薬剤師を目指すことは伝えていましたし。私の中では、あくまで作家は趣味という位置づけでしたね。
デビュー後も薬剤師を目指すお気持ちは変わらなかったのですね。そもそも、なぜ薬剤師を志したのでしょうか?
はじめから薬剤師にしぼって進路を考えていたわけではありませんでした。ただ、母に手に職をつけるよう言われていたので、何か資格は取得しようと思っていましたね。
文系だったこともあり、学校や保育園の先生になろうと考えた時期もありました。ただ、周りで先生を目指す人たちは、「子どもは分け隔てなくかわいい」と言っていたんです。
そんな様子を見ると、昔から好き嫌いが激しい性格だった私には難しいかなと思うようになりました。隠しても子どもは気づきますからね。
看護師になることも考えましたが、「嫌なものは嫌だ」という性格には合っていないように感じて。先生や看護師ほど人を相手にしないものの、一生食べていける資格であるということで、薬剤師を目指すようになりました。
両立が辛かったことはない。好きなことを続けていたらここまで来た
薬剤師と児童文学作家の2つの仕事を掛け持つことになりましたが、どのくらいの期間両立していたのでしょうか?
大学卒業から結婚するまでの約15年間です。病院の薬局で7年、町の調剤薬局で8年ほど勤務しました。8時-18時は薬剤師として働き、夜になったら物語をつくる生活でしたね。
出版社からは、「物語ができたら持ってきて」と言われていました。締め切りもなかったので自分のペースで書けたのは良かったです。大体2-3年に1回つくるサイクルでした。
約15年間も両立していらっしゃったんですね。モチベーションはどのように保っていたのでしょうか?
私にとっては、薬剤師として働くことも物語をつくることも"普通の日常"でした。物語をつくるのが本当に好きなので、仕事と両立することを辛いとか大変だとか思ったことがないんです。だから、モチベーションを上げる必要もありませんでしたね。
お話ができたら出版社に持っていって。それが褒められたら嬉しくなって。「また書きたいな」と思って筆を執る。...という感じで、自然な流れで続けてこられました。
結婚を機に、薬剤師の仕事はセーブしました。その時も、「児童文学作家になろう」と思うことは特にありませんでしたね。児童文学作家の自覚が芽生えてきたのはここ15年ほど。物語を書くのは本当に楽しくて、その延長で今も楽しみながら仕事をしています。
様々な経験が作家としての幅を広げている
いまは児童文学作家の一本のみとのことですが、薬剤師として働いた経験はどのように活きているでしょうか?
物語を書く時は身の回りのできごとを題材にしています。もちろん、薬剤師として働いていた時の経験を活かして書いた作品もありますよ。
4月26日に公開したアニメーション映画『バースデー・ワンダーランド』の原作である、『地下室からのふしぎな旅』もそうですね。映画では主人公の一人であるチィおばさんは骨董屋ですが、小説の中では薬剤師として書いています。
チィおばさんが営む薬局の地下に錬金術師のヒポクラテスが出てきて、薬を扱う者同士で旅をするという物語です。これは自分の経験をふくらませながら書いたんですよ。また、絵本雑誌で連載した『ファンファン・ファーマシィー』にも薬局を登場させました。
地下室からのふしぎな旅
- 著 者:柏葉幸子
- 出版社:株式会社講談社
- 発行年:1984年(写真は新装版。2006年発行)
主人公のアカネと薬剤師のチィおばさんは、薬局の地下室に現れた錬金術師のヒポクラテスと"となりの世界"へ旅に出かけることに。2019年4月26日には、本作を原作としたアニメーション映画『バースデー・ワンダーランド』が公開された。
映画『バースデー・ワンダーランド』オフィシャルサイト
小学館の絵本雑誌「おひさま」にて連載。1998年2月14日からは、当作品を原作に過去のエピソードを描いた短編アニメ『ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー』が放送された。原作と同様に、薬局を舞台にストーリーが展開される。ファンファン・ファーマシィー
ご自分の経験を物語にされているんですね。作品を作るにあたり、心がけていることはありますか?
身の回りのできごとを題材にして作品を書いているので、様々な経験をするように心がけています。旅行にいって外の世界に触れるとか、周りのものをよく観察するとか、ちょっとしたことも意識して取り組んでいますね。
作家として日々精力的に活動されている印象の柏葉さんですが、原動力となっているものは何でしょうか?
あまりそういうことは意識していません。1つあげるとしたら、本を読んでくださった方々に、「あー面白かった」と言ってもらえることでしょうか。
本を読んで何かを得ることや成長することを求められるのが嫌いなタイプなので、自分の本を通して読者に伝えたいことはありません。ただ純粋に、「面白かった」「楽しかった」と感じてもらえるのが一番嬉しいですね。
今後はどのようなことに挑戦したいとお考えですか?
意外にも大人が作品を楽しんでくれているようなので、子ども向けの作品でありながら大人でも楽しめる作品になるように上手くバランスを取っていきたいですね。
あくまで主軸は児童文学ですから、大人向けと言えども寄せすぎてはいけないと考えています。しかし、子ども向けに書いたつもりの作品が難しいと出版社の方に言われることもあるので、読者層と取り上げる題材のバランスは考えていかないとと思っています。
薬剤師という軸があるからこそ、好きなことに挑戦できる
最後に、今後のキャリアについて悩む薬剤師の方々に一言お願いします。
知識と技術でご飯が食べられる薬剤師の資格を持っていることは、今の時代とても重要なことだと思います。私自身、薬剤師資格という軸があるからこそ、児童文学作家にも心おきなく挑戦できました。児童文学作家だけでは、なかなか生活することは難しいので。
薬剤師は、副業OKなど様々な働き方を選択できます。しかし、まずは薬剤師として働くことを大事にして、しっかりと基盤を整えた方がよいのではないでしょうか。
最近では薬学部が6年制になりました。6年間も勉強して薬剤師になったのなら、簡単に薬剤師の仕事を手放すのはもったいないと思います。せっかくなら、どこに行っても通用するように勉強し続けるのが良いのではないでしょうか。
でも、人間関係など悩みがあるのなら、無理にひとつの職場に居続ける必要はないと思います。転職して新しい職場を探すなど、自分に合った働き方を見つけてほしいですね。
- 柏葉 幸子(かしわば さちこ)さん
東北薬科大学(現:東北医科薬科大学)卒業後、病院や調剤薬局に勤務。
1974年、大学在学中に『霧のむこうのふしぎな町』で、第15回講談社児童文学新人賞を受賞。児童文学作家デビューに至る。同作では第9回日本児童文学者協会新人賞も受賞した。他、『ミラクル・ファミリー』で第45回産経児童出版文化賞、『牡丹さんの不思議な毎日』で第54回産経児童出版文化賞、『つづきの図書館』で第59回小学館児童出版文化賞、『岬のマヨイガ』で第54回野間児童文芸賞など多数の受賞歴を持つ。