業界動向
  • 公開日:2022.01.11

AI創薬が実装段階へ!従来の10倍以上の新薬発見に期待

AI創薬が実装段階へ!従来の10倍以上の新薬発見に期待

莫大な時間と費用を要する新薬開発において、人工知能(AI)を活用する「AI創薬」が注目を集めています。これまでの創薬は、がんや生活習慣病などを中心に進められてきましたが、病気にかかわる体内の分子に作用する物質の多くは薬として実用化されており、新しい薬を作る難易度は年々上がり続けています。

AIの活用には、驚くべきスピードで画期的な新薬を生み出すことが期待されており、実際すでに成果もあらわれ始めています。

今回は、新薬開発の現状と課題、AI創薬の概要、実際の開発事例、今後の動向について解説していきます。

新薬開発の現状と課題

新薬開発の現状と課題

新薬を開発するためには、莫大な時間と費用が必要です。ここでは、AI創薬について触れる前に、新薬開発の現状と課題について解説していきます。

新薬開発のプロセスと期間

一つの医薬品が上市されるまでには、9~17年もの歳月と数百億~数千億円の費用を要します。新薬開発・発売までのプロセスとしては、基礎研究(2~3年)、非臨床試験(3~5年)、臨床試験(3〜7年)、承認申請(1~2年)が一般的ですが、近年開発が進められている高分子化合物などでは開発の難易度が高いことから、開発期間が長くなり、費用も増大する傾向にあります。

開発中に有効性が認められなかったり、重大な副作用が明らかになったりすれば開発を断念せざるを得ず、開発が成功する確率は約2.5万分の1ともいわれています。

創薬コストの増大による開発力の低下が問題に

世界中の製薬企業の努力により、これまで様々な疾患に対する治療薬が開発されてきました。しかし、世の中にはまだ有効な治療薬のない疾患も多く残されています。

従来の技術で解決できなかった疾患に対応するため、必然的に創薬の難易度は増しています。また、有効な化合物を医薬品候補として精製するためには、膨大な分子のなかからスクリーニングを行う必要があり、コストも増大してしまうのです。政府の資料によると、大手製薬会社1社あたりの研究開発費は2004年では621億円でしたが、2017年では1,414億円に上ります

AI創薬とは?

AI創薬とは?

様々な課題のある創薬分野ですが、人工知能(AI)の活用によって、研究開発の生産性向上期待されています。ここでは、AI創薬について詳しくみていきましょう。

AI創薬の概要

AI(Artificial Intelligence)は日本語で「人工知能」と訳され、大量の知識データに対して高度な推論を的確に行うことを目指しています。

あらゆる分野で活用が進み、創薬の分野でも、薬の研究開発の過程でAIを活用する企業が増えています。

なぜAIを活用するのか

新薬の開発では、まず薬の標的となる身体のタンパク質を見つけ、新薬候補となるリード化合物を探し出します。薬の候補となる物質や生体内のタンパク質は膨大な数にのぼるため、一つひとつを突き合わせていく従来の方法では最適な組み合わせを見つけ出すことは困難です。

AI創薬の導入により、膨大なデータが利用できることから、開発にかかる時間の大幅な短縮や優れた性質を持つ分子の設計が可能になると考えられています。

大手製薬会社複数社と提携するAIベンチャーの株式会社MOLCUREは、同社のAI活用によりこれまでと比較し医薬品候補分子の発見サイクルの短縮(10分の1以下)、10倍以上多くの新薬候補の発見、優れた性質をもつ探索困難な分子の設計などが可能になると発表しました。

また、AIの特徴の一つであるディープラーニング(深層学習)の活用により、人間では気づけないような細かな違いや共通点を発見して、新たな分野を切り開いていくことが期待されています。

AI創薬の課題

大きな期待が寄せられているAI創薬については、その課題も指摘されています。その一つとして、AIで抽出した膨大なデータを活用するための環境が整っていないことがあげられます

医療機関で保有している患者さまの情報やカルテなどのデータは、現状AIに学習させるためのフォーマットになっていません。これらを活用するためには、フォーマットを統一したり、ストレージを構築したりすることが必要です。

また、患者さまの情報や薬剤の服用歴などの医療情報については、個人情報保護や倫理面でも注意が必要です。

AI創薬が実装段階に

AI創薬が実装段階に

2020年1月30日、大日本住友製薬株式会社とAI創薬を行うイギリスのExscientia(エクセンシア)社により、強迫性障害の治療薬候補である化合物「DSP-1181」の臨床試験が日本で始まったことを告げるリリースが発表されました。

Exscientia社はオックスフォード大学に本社を置く企業で、人工知能(AI)技術であるCentaur Chemist AIプラットフォームを有しています。AIが作り出した医薬品がヒトを対象とした臨床試験の第1段階に入るのは、今回が初めてです

AI創薬が実装段階にあることを知らせるニュースは、全世界に大きなインパクトを与えました。事例では、通常4~5年かかると言われている探索研究が1年未満で終了しています。

リード化合物を得るためには、本来約2,500の候補化合物の合成が必要と言われてきました。しかし今回、AIを活用して350の候補化合物内からリード化合物を見つけられたことが、大幅に期間を短縮できた要因だと考えられています。

▼参考資料はコチラ
大日本住友製薬 IRニュース

AI創薬の今後の動向

AI創薬の今後の動向

多くの企業において導入が予想されるAI創薬ですが、今後の動向について確認していきましょう。

医療分野のAI市場は拡大・Google社も参入

2020年に82.3億ドルを突破した医療分野のAI市場は、今後も年間2桁台の平均成長率で拡大を続け、2030年には1,944億ドルに達すると予想されています

アメリカのGoogle社の親会社であるAlphabet社は、現地時間2021年11月4日、AIを使った創薬事業を行う新会社Isomorphic Labs社を設立することを発表しました。

同社では、AIを最優先とするアプローチで創薬のプロセスを0から再構築し、生命の基礎的なメカニズムを一部モデル化したうえで理解することをミッションに置いています

国によりAI開発を促進するための基盤が整備される

日本は医薬品の創出能力をもつ数少ない国の一つであり、技術貿易収支でも医薬品開発の領域で大幅な黒字です。

厚生労働省の進める保健医療分野におけるAI活用推進懇談会では、AI開発を進めるべき6つの重点領域の一つとして、医薬品開発が選定されています。

主な施策としては、創薬ターゲットの探索に向けた知識データベースの構築や製薬企業とIT企業のマッチング支援などがあります

大手製薬会社とAIベンチャーとの協業が進む

国が積極的に支援を進める背景もあり、今後は製薬会社とAIベンチャー企業の協業が進むことが予想されています

大手製薬会社の第一三共株式会社は、2019年5月より、AIベンチャーの株式会社エクサウィザーズと共同で低分子領域でのデータ駆動型創薬を実現するための開発プロジェクトを開始しました。

さらに中外製薬株式会社においても、2020年5月に創薬支援を行うAIシステムの利用に関してAIベンチャーの株式会社FRONTEOとライセンス契約を締結しています。今後も製薬のプロセスを各社で分業するなど、企業の垣根を超えたAI創薬は盛んになっていくでしょう。

AI活用によって創薬は新しい段階に

創薬にAIが活用されることで、開発に要する時間や費用は大幅に抑えられる見込みです。国の支援もあり、大手製薬会社やAIベンチャーの協業は今後ますます進んでいくでしょう。新しいアプローチによる革新的な創薬も期待できるでしょう。

こうした創薬の最新事情を理解し、将来のキャリア構築やそのための転職、さらには仕事での情報発信や患者さまへの対応などにも活かせるようにしましょう。

ヤス(薬剤師ライター)

新卒時に製薬会社にMRとして入社し、循環器や精神科からオンコロジーまで、多領域の製品を扱う。

現在は患者さまと直に接するために調剤薬局チェーンに勤務しながら、後進の育成のために医薬品のコラムや医療論文の翻訳など、多方面で活躍中。

記事掲載日: 2022/01/11

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