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  • 公開日:2021.12.27

災害時などに「移動薬局」として活躍が期待されるモバイルファーマシーとは?

災害時などに「移動薬局」として活躍が期待されるモバイルファーマシーとは?

災害発生時における医療支援対策の一つとして、"移動薬局"としての機能を備えたモバイルファーマシー(Mobile Pharmacy)の導入が各地で進んでいます。モバイルファーマシーは被災地での医薬品供給のみならず、地域医療向上の観点からも活躍が期待されています。

この記事では、モバイルファーマシーの概要や期待される役割、活用事例、課題について解説していきます。

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モバイルファーマシーとは?

モバイルファーマシーとは、トラックなどを改造し調剤を行うための設備を備えた「災害対策医薬品供給車両」です。モバイルファーマシーの車内には、調剤台や医薬品棚、小型分包機、薬品保管庫といった調剤室としての基本的な機能が備えられているほか、バッテリーや、発電機、通信衛星アンテナ、給水タンクなども搭載されているため、被災地といったライフラインが途絶えた状況下でも自立的に薬局としての機能を果たし、被災者へ医薬品を供給することが可能です

また、モバイルファーマシーには、カーナビやETCなど通常の車両としての機能に加え、冷暖房や温水ボイラー、水洗トイレ、簡易ベッドなどの生活設備一式も備え付けられており、現地活動の長期化にも対応できるようになっています。

日本薬剤師会によると、2018年11月時点で全国に導入されているモバイルファーマシーは13台です。多くは各地の薬剤師会や薬科大学が保有しており、民間企業と災害時に使用する協定を結んでいるものもあります。

開発の経緯と期待される役割

2011年3月に発生した東日本大震災では、多くの病院や薬局が地震による倒壊や津波の被害を受け、被災地での医薬品供給体制がほぼ壊滅する事態となりました。

被災地では、医薬品不足に加え、医薬品が避難所に支援物資として届いた場合でも薬局が機能せず調剤設備が確保できないため、活動が制限されてしまう問題が発生しました。

宮城県薬剤師会はこの教訓を活かして、被災地で自立的に医薬品の調剤と供給を行える薬局機能を有する車両の開発に取り組み、キャンピングカーの製造販売を行うVANTECH(バンテック)社との共同開発によって、2012年9月に全国に先駆けて第1号のモバイルファーマシーを導入。その後、大分県や和歌山県、広島県の薬剤師会や、福岡県の第一薬科大学、東京薬科大学などに順次導入されています。

モバイルファーマシーは、被災地において医薬品の調剤や健康全般における相談業務を行うだけでなく、薬剤師やほかの医療従事者の活動拠点として活用されるなど多くの役割を担っており、近年では新型コロナウイルス感染症の拡大を想定し、感染対策など衛生面に配慮しなければならない状況での活躍も期待されています。

モバイルファーマシーの活用事例

モバイルファーマシーの活用事例

モバイルファーマシーは、被災した県や日本薬剤師会からの要請を受け、災害支援にあたる薬剤師などの医療従事者を乗せて出動します。たとえば常備薬をなくした人や薬を取りに行けない人に対して、医療救護所や避難所などで医薬品の調剤・供給・服薬指導をはじめとした業務を行うほか、災害情報の収集や衛生管理の拠点として活用される場合もあります。

実際に平成30年7月豪雨(西日本豪雨)では、土砂崩れで陸の孤島となった広島県呉市に、同県薬剤師会の薬剤師3人が乗ったモバイルファーマシーがフェリーで運び込まれ、その後一ヶ月間にわたり同市内の避難所で被災者を支援しました。

また、2020年7月には熊本県南部で豪雨による球磨川の氾濫を受けて、被災した地域の薬局が復旧するまでの中継ぎ役として、モバイルファーマシーが人吉市一帯に派遣されています。

災害時以外でも、県や市町村で開催される防災訓練や薬と健康の週間、薬物乱用防止キャンペーンなどの各種行事の場に展示したり、模擬調剤を行ったりして、医薬品の適正使用に関する啓発活動などに活用されています

モバイルファーマシーが抱える課題

モバイルファーマシーが抱える課題

災害時に活躍が期待されるモバイルファーマシーですが、現状は課題もあります。ここでは、いくつか例をあげながら見ていきましょう。

導入および維持にコストがかかる

モバイルファーマシーの導入には車両本体の購入費用に加えて、メンテナンスや医薬品の購入、通信機器の月額利用料などのランニングコストも必要になります。

これらの費用は自治体が一部を補助する場合もありますが、基本的に各薬剤師会が負担しなければなりません

認知度が低い

東日本大震災を契機に導入されたモバイルファーマシーですが、災害が発生しなければ活躍の場面は少なく、認知度の低さが課題の一つです。

実際の活動を通してはじめて必要性を理解してもらえる場合も多いため、災害訓練や日々の啓発活動の積み重ねにより、モバイルファーマシーの必要性を伝えていくことが求められています。

災害時にお薬手帳を持参する人が少ない

災害時に必要な薬を正確に調剤するためには、普段服用している医薬品の情報が必要となります。しかし、避難の際にお薬手帳や医薬品情報(薬情)を持ち出すことは難しく、服用薬の情報がわからないことも課題です。

今後はマイナンバーカードで既往歴や服用薬の情報が管理できるように整備がすすめられており、災害時においても活躍することが期待されています。

災害や高齢化問題を抱える日本においてモバイルファーマシーの重要性は増している

この記事では、モバイルファーマシーの概要や果たす役割、活用事例、課題について解説していきました。

近年では、地震や豪雨による水害などの自然災害が毎年のように発生していることに加えて、首都直下地震や南海トラフ地震のような大規模災害の発生が予想されていることから、多くの地域においてモバイルファーマシーの導入がすすめられています。

また、我が国では高齢化とそれに伴う過疎・限界集落の拡大が問題となっておりモバイルファーマシーは被災地だけでなく、僻地や過疎地といった医療資源の乏しい地域の支援による地域医療の向上への貢献が期待されています。ただし現状、薬剤師法により薬剤師は特別な事情がある場合を除いて、薬局以外での調剤を制限されているため、モバイルファーマシーは平時の業務として調剤を行うことができません。

今後、モバイルファーマシーが正式な薬局として認可され、"移動薬局"として地域医療を支える薬剤師の新たな活躍の場になることが期待されます。

松田宏則さんの写真

監修者:松田宏則(まつだ・ひろのり)さん

有限会社杉山薬局下関店(山口県下関市)勤務。主に薬物相互作用を専門とするが、服薬指導、健康運動指導などにも精通した新進気鋭の薬剤師である。書籍「薬の相互作用としくみ」「服薬指導のツボ 虎の巻」、また薬学雑誌「日経DI誌(プレミアム)」「調剤と報酬」などの執筆も行う。

記事掲載日: 2021/12/27

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