- 公開日:2020.10.23
第1回「薬局薬剤師×スポーツファーマシスト」清水雅之インタビュー
薬剤師として働きながら、薬剤師以外のジャンルに活躍の場を広げる方は近年増え続けています。この企画では、薬剤師の仕事を軸に持ちつつも、様々な領域に特化し自らのキャリアを描く先人たちをご紹介していきます。
第1回目は、薬剤師として薬局で働きながらも、スポーツファーマシストとして精力的な活動をされる清水雅之さん。清水さんは、薬剤師やスポーツファーマシストとして活動をつづける傍ら、静岡県の災害薬事コーディネーターや薬局経営、認知症カフェの経営など、手広く地域の方たちの健康をサポートする活動を行っています。
今回はそんな清水さんに、ご自身のキャリアについてお話ししていただきました。
- "会う人によって肩書きの変わる薬剤師"
- 地域に根ざす薬局薬剤師がさらなる領域に踏み込んだワケ
- 「スポーツファーマシスト」を"もうひとつの柱"にする
- アスリートとスポーツファーマシストを支援する『ドーピングガーディアン』
- 薬剤師の持つ知識を、より多くの人へ還元していくために
"会う人によって肩書きの変わる薬剤師"
薬局薬剤師としての活動以外にもご活躍の場を広げている清水さん。具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
根本的な活動としては、家族経営の薬局で地域の方々へ健康サポートを提供しています。実はこの後ろの壁ではボルダリングができますが、ここは僕の自宅です(笑)。この場所を集会スペースとして使っていて、地域の人たちの居場所づくりを薬局の経営とあわせて行なっています。また、地域のみに活動を絞らず、スポーツファーマシストの資格も取り、薬剤師として多角的に活動しています。
それから力を入れているのが、「災害薬事」。静岡県では災害薬事コーディネーターという制度があって、大規模の災害が起きたときには地域の薬剤師が医薬品の調達や薬剤師確保の補助を行います。日本災害医学会にも所属しているので、一昨年の広島県の西日本豪雨災害のときには広島県に出向き、医療コーディネートサポートチームとして活動したこともありました。
大きな柱としては、地域の薬局での健康サポート、スポーツファーマシスト、災害薬事という3つの柱をお持ちなのですね。
そうですね。ですから地域の人たちには認知症のケアや健康をサポートする人、県レベルになると災害対策の人、全国的にみるとスポーツファーマシストだと認識されているんです。なので僕は、「会う人によって肩書きが変わる薬剤師」として活動させてもらっています。
地域に根ざす薬局薬剤師が、さらなる領域に足を踏み込んだワケ
今回はもうひとつの軸である「スポーツファーマシスト」としての活動に的を絞ってお話を伺えればと思います。はじめは薬局薬剤師としての仕事から「スポーツファーマシスト」として活動を広げていくことを決めたのには、どのような理由があったのでしょうか?
僕はこう見えて、小学校のときにレスリングをやっていました。でも、レスリングは当時今以上にマイナー競技だったので、全国大会も申し込めば出られるレベル。だから地元で全国大会があったときに、記念に出場したことがあったんです。僕はもともと闘争心のない人間だったので、そのときも初戦敗退という結果で終わったのですが......(苦笑)。
それから時は過ぎて、薬剤師となり荷物整理をしているときに、小学校で出た全国大会のトーナメント表が出てきたんです。当時は何気なく参加した大会でしたが、よくよく見てみると今のトップアスリートである伊調姉妹や吉田沙保里さんが参加している大会でした。そこで「どこで未来のトップアスリートとすれ違っているかわからないんだな」、と。それなら今薬局にきている小学生や中学生、スポーツをやっている子が将来、全国・世界の舞台で活躍するときのために薬剤師としてスポーツを支えるお手伝いがしたいと思ったんです。それとちょうど同じ頃、「スポーツファーマシスト」の制度がスタートして、資格を取得する運びとなりました。
なるべくしてなったかのような展開ですね。
本当にそうで、あのときトーナメント表が出てきていなかったら、僕は今スポーツファーマシストとして活動はしていなかったかもしれません。どこでそういったキッカケと出会うのか、本当にわからないものですね。
「スポーツファーマシスト」を"もうひとつの柱"にする
資格というと、最近では薬剤師の資格にも様々な種類のものがありますね。清水さんはスポーツファーマシストとして講演会やゲームの開発など精力的に活動されていますが、資格を取ったあとはどのようにして実績をつくられたのでしょうか?
これはスポーツファーマシストのなかでも大きな課題となっていて、資格を取った90%以上の人が資格をうまく活用できていない実態があります。僕も資格を取得した直後は、資格さえ取ればすぐにアスリートから色々な相談がくると思っていました。でも、実際には元々競技団体やスポーツ団体に関わりがある方でない限り、資格を取ったからといって相談がくることはほぼ100%ありません。それからは「自分から動き出すしかない」と考えるようになり、地域の学校などを一軒一軒まわったり、FacebookやX(旧Twitter)でPR活動をはじめるようになりました。
資格を取ればその類の仕事ができるという考えしかありませんでしたが、そうではないのですね。
スポーツファーマシストもそうですが、知名度が極めて低いんです。そもそも「ファーマシスト=薬剤師」ということも一般的に知られていないので、まずは資格の周知活動を自分でやっていかないことには気づいてもらうことさえできません。ですから、資格をとった当初は高校の部活動をまわったり、地道なPR活動を重ねていました。そうして積み重ねていくと、少しずつでも知ってもらえるようになります。
ただ、それらの活動のなかで感じたのは、全国的に見るとスポーツファーマシストの助けを求めている人は結構いるということ。しかし、僕は静岡県島田市に住んでいて、地域で活動するだけではなかなか自分の存在をリーチできません。だからこそ、PR活動を重ねてきたんです。おかげさまで、いまでは首都圏や関西圏のトップアスリートからSNS経由で相談がくることがほとんどです。
まだ広範囲に周知されていない分野だからこそ、とくにSNSなどのオンライン上での発信は必須と言えるかもしれませんね。
そうですね。薬剤師の仕事は良くも悪くも、黙っていても患者さまがきます。とくに保険調剤をやっている薬剤師にはその意識があるので、自分の存在に気づいてもらうためにはいかに情報発信をしていくかが大切です。薬剤師界隈では有名な資格であっても、一般の方からすればピンとこないかもしれないし、普通の薬剤師と何が違うのかもわからない。専門の薬剤師資格をとって活躍を考えている薬剤師は、資格のPRも重要な課題になってくるはずです。
アスリートとスポーツファーマシストを支援する『ドーピングガーディアン』
清水さんのスポーツファーマシストとしての活動でいうと、やはり『ドーピングガーディアン』の開発がとても印象的でした。開発にいたったキッカケはどのようなものだったのでしょうか。
スポーツファーマシストの活動は、講演会やセミナーが中心になります。しかし、ドーピング相談を受けるなかで感じたのは、「アンチドーピング研修を受けている人でも、間違いを犯してしまう」ということです。本来セミナーでは、ドーピングの科学的知識とルール、法律をお話ししていました。しかし、そもそも座学で60〜90分かけてその内容を話しても、行動変容に結び付けられるかというと、難しいんです。
そこで別のアプローチを考えたときに思いついたのが、「ゲームで遊びながら擬似体験してもらうこと」でした。ドーピングガーディアンは、プレイヤーがアスリート。そしてアスリートがトレーニングをしたり怪我をしたりするなかで使う薬やサプリメントに、うっかりドーピングの落とし穴があります。それを薬剤師カードを活用して、いかに避けながら勝利を目指すかというゲームにしています。ゲームのなかであえてうっかりドーピングに引っかかってもらい、それを防ぐためにはどう行動したらいいのかを学べる仕様にしています。
知識をそのまま伝えるのではなく、"回避するための行動"を身につけてもらうのを目的にしたのですね。
はい。ですから、このゲームで禁止物質に関する詳しい知識は身につきません。でも、このゲームをやることによって、貼り薬やサプリメントなど日常的に使うものに対する意識や、薬剤師に聞くことでそのリスクを回避できるとアスリートの方たちに覚えてもらえると考えたのです。
確かに知識として話を聞いて、そのときは納得できたとしても、実際にその知識を使うところにまでは手が届かないかもしれませんね。
そうなんですよね。薬剤師はとくに、どれだけ知識を盛り込むかというところに視点がいきがちですが、本当に伝えたいことを伝えるには情報をいかに削ぎ落として単純化できるかが重要だと思ったのです。
それから『ドーピングガーディアン』を制作したのには、もうひとつ狙いがあります。僕はスポーツファーマシストの活動をするために、自らPR活動をしました。しかし、とくに薬剤師というのは、そういった営業がめちゃめちゃ苦手な方が多いんです。そういった薬剤師も、『ドーピングガーディアン』のようなツールがあれば提案もしやすくなるのではないかと考えました。
このゲームはスポーツファーマシストの方が講演や体験会でやる場合にも一切制限を課していません。これを使ったドーピング体験会は、北海道から九州まで色々なスポーツファーマシストの方がやってくれているんです。なので、スポーツファーマシストの方にとっては活動をするキッカケとなるツールとして使って欲しい。全国のスポーツファーマシストが、この『ドーピングガーディアン』を持って学校や競技団体に「やりませんか」と伝えられる流れをつくりたいのです。
薬剤師の持つ知識を、より多くの人へ還元していくために
ご自身の活動のためだけでなく、スポーツファーマシスト全体の活動を助けるという想いは本当に素晴らしいですね。
薬剤師ともうひとつ別に軸をもってやりたいという人は、たくさんいます。しかし、その道を開拓するためには、自分の本来の軸となる調剤のほうでしっかりと収益を上げておく必要があると思っていて。やりたいことをするためには、お金に困っている状態ではできません。僕の場合は家族経営で、妻も母も薬剤師。それで調剤薬局の方も順調にやらせてもらっているからこそ、こういった挑戦的なことができていると思っています。
そうした軸が増えることで、キャリアはどのように変わったと感じますか?
色々な軸をもつことによって、関わる人も圧倒的に増え、色々な価値観を取り入れることができたと思っています。その価値観を別の分野に活用していくと、活動の幅はますます広がっていきます。そして活動の幅が広がると、薬学部で学んだけど使っていなかった知識も活用できるようになっていくんです。そういった意味では、軸をたくさんもつことによってどんどん薬学部での教育が生きてきているのを実感しています。
薬剤師として、スポーツファーマシストとして、清水さんが一番のやりがいにしていることを教えてください。
......なかなか1番を決めるのは難しいですね。でも基本になるのは、薬剤師を職業にしようとした「実験が大好き」という想いで、ゲーム開発も「これをつくったら世の中はどうなるんだろう」という実験のひとつ。大切なのは、薬剤師のもっている知識や経験をいかに僕らが抽象化して、社会に貢献できるかだと思っています。それによってスポーツファーマシストとしてサポートした人たちの活躍する姿を見られるのは、なによりの糧になります。
ありがとうございます。それでは最後に、薬剤師としてキャリアをどう歩んでいくか悩んでいる若手薬剤師の方に、メッセージをお願いします。
これからの薬剤師の在り方やキャリア形成で悩んでいる方も多いと思います。でも、今は時代的にもSNSですぐにつながれる時代。SNS上にも成功している人はチラホラ出てきているので、そうした人を見つけられたときには、積極的につながりをもって、近道になりえる道を見つけてほしいです。
清水雅之(しみず・まさゆき)さん
薬剤師、スポーツファーマシスト、静岡県災害薬事コーディネーター、合同会社みどりや薬局代表社員。静岡県で薬局経営を行いながら、認知症カフェやボルダリング教室などで地域の人々の憩いの場所を提供。うっかりドーピング防止ゲーム『ドーピングガーディアン』を企画し、ドーピング防止活動なども行う。