- 公開日:2023.02.22
薬剤師の奨学金、どう返していけばいい?FPに学ぶ返済方法【ファイナンシャルプランナー解説】
薬剤師の養成を目的とする6年制の薬学科は、学費が高額になるため、奨学金制度を利用する学生が少なくありません。そのため、卒業後の奨学金返済に不安を抱えている薬剤師もいるでしょう。
そこで今回は、奨学金に悩む薬剤師が安心して返済できる方法をファイナンシャルプランナーとして活躍する長沼満美愛さんに解説いただきます。
公的機関として利用者の多い独立行政法人日本学生支援機構が運営する奨学金制度は「給付型」と「貸与型」の2種類を提供していますが、今回は薬剤師となって働きながら返済する義務を負う「貸与型」について取り上げます。
薬剤師の奨学金利用の現状
厚生労働省の『第12回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会(令和4年)』で薬学5・6年生に実施したアンケート調査の結果では、およそ35%の薬学生が奨学金を利用していることが分かりました。さらに奨学金を利用している学生の平均返済予定総額は650万円で、返済予定総額が1千万円以上となる学生は26.2%(回答者545人中143人)と決して低くありません。
さらに同資料では、こうした奨学金の返済負担が少なからず就職先の決定に影響を与えているという指摘もあります。これらのことからも、薬剤師として働きながら計画通りに返還することが困難になるケースは多いと推測できます。
奨学金の種類
日本学生支援機構が提供している貸与型の奨学金は、貸与を終了する卒業月の翌月から数えて7か月目から返還を開始します。ここでは無利子の第一種奨学金と有利子の第二種奨学金の特長について言及します。
第一種奨学金(無利子)
第一種奨学金は利子がかからないため、借りた金額だけを返還します。収入に応じた金額を毎月返還していく「所得連動返還方式」を選択できるため、無理なく返還することができます。ただし、高校3年間の成績平均値が3.5以上あることと、生計維持者の所得基準を満たすことなど、選考基準が厳しいのが特徴です。
第二種奨学金(有利子)
第二種奨学金は返済完了まで利子が付くことが難点ですが、比較的緩やかな基準で審査されるため、一定条件のもと審査には通りやすいといえます。 第二種奨学金の貸与利率は貸与を終了する卒業月に決定します。「利率固定方式」を選択すると市場金利の変動による影響を受けないため貸与利率は返還完了まで一定で、「利率見直し方式」を選択すると、市場金利の変動に伴って5年ごとに利率が見直されます。
いずれもほかのローンに比べると利率がはるかに低く(2022年3月貸与終了の場合:利率固定方式=年利0.369%、利率見直し方式=年利0.040%)、基本月額に係る利率は年3.0%までに制限されているため好条件といえるでしょう。
返せないとどうなる?薬剤師の奨学金問題
日本学生支援機構の奨学金の返還を延滞すると、まず連帯保証人である親に返還を督促され、親も返還困難な事情があれば、保証人のおじ・おば・兄弟姉妹等に督促されます。機関保証を選択している場合は、保証機関が連帯保証を受けます。
日本学生支援機構の第二種奨学金の場合は、返還を延滞すると、振込用紙で返還の場合2020年4月1日以降は年(365日当たり)3%/口座振替で返還の場合は2020年3月28日以降は年(365日当たり)3%の割合を乗じて計算した延滞金が賦課されます。延滞金が賦課される前の対応として、「減額返還(返還額を減らして返還期間を延ばす)」と「返還期限猶予(一定期間先送りする)」のいずれかを申し出ることができますが、正規雇用の薬剤師は年収制限によって減額や猶予などの救済制度は適用外となる可能性が高いです。
薬剤師の年収は比較的高いため「負担は重くないだろう」と思われがちですが、事実、負担に感じる事に変わりはありません。薬剤師は万が一自己破産をしても、自己破産による資格制限を受けないため、仕事がなくなることはありません。しかし、信用情報に記録が残るなど一定のダメージを受けるため、できることならそうした事態は避けたいところです。
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薬剤師の奨学金返済
薬剤師の奨学金返済について、厚労省の『薬剤師確保のための調査・検討事業 報告書報告書』の内容をもとに考えてみましょう。資料によれば、病院薬剤師と薬局薬剤師の奨学金返済の平均については以下のように記載されています。
返還総額 | 年返還額 | 返還期間 | |
---|---|---|---|
病院薬剤師 | 457.6万円 | 53.9万円 | 15.6 年 |
薬局薬剤師 | 445.6万円 | 59.0万円 | 15.0 年 |
出典:薬剤師確保のための調査・検討事業 報告書| 厚生労働省
上記のデータから、薬剤師は卒業後に平均で15~16年間にわたって毎月およそ4.5~5万円程度の返還を続けていることが分かります。
薬剤師の平均年収が約500万円のうち、手取り年収が400万円と想定したとき、月収換算すると33万円になります。総務省の『家計調査 収入階級別2人世帯の収支2021年』によると、同収入階級の平均消費支出はおよそ26万円で、差額7万円(月収33万円-消費支出26万円)のうち毎月およそ4.5~5万円を奨学金の返還に充てている計算になります。大都市圏の消費支出では全国平均より増大する傾向があるため、奨学金の返還がさらに家計を圧迫して赤字に転落するケースもありえるでしょう。
また、『薬剤師確保のための調査・検討事業 報告書』の「奨学金返済の支援を受けたことがあるか」という問いに対して、「支援を受けたことがない」と回答したのは病院薬剤師で82.4%、薬局薬剤師で75.1%でした。多くの薬剤師が支援を受けずに返済している現状をみると、返済の負担を考慮して、給与水準の高い職場を選ぶ傾向にあるのも頷けます。
FPに聞く!奨学金返済のアドバイス
奨学金を返還する間、結婚・子育てや持家取得など将来の生活設計において少なからず悪影響を及ぼす可能性が高いと不安を抱く方が多いようです。
薬剤師として働きながら奨学金を返還し、思い描く生活設計を実現するには、収支の改善を図る必要があります。したがって、収入を増やして支出を減らすために取り組むべき具体的な対策を考えてみましょう。
収入を増やす対策
1.企業奨学金制度を活用する
企業奨学金制度とは、給与とは別に補助金を支給して返還額の一部または全額を支援する制度のことです。企業から日本学生支援機構に直接送金する方法により奨学金を代理返還する制度の導入が進んでいます。「一定期間は転職できない」「勤務年数の縛りがあるか」など、事前に条件を確認したうえで活用しましょう。
学費が実質無料になる魅力的な制度といえますが、主な目的が人材確保である場合、定着率の悪い職場に配属されるなど、薬剤師として不利益を被ることがないよう見極める必要があります。
2.都道府県の奨学金返還支援制度を活用する
奨学金返還を助成する都道府県内の登録を受けた医療機関等に就職することで、自治体と事業者が共同で就業期間中の奨学金返還を助成する制度です。とくに地方では薬剤師の不足が深刻であるため、こうした助成が各地で実施されています。地方で消費支出を抑えることでも、収支は著しく改善するでしょう。
3.高給を得られる転職先を探す
例えば、製薬会社の医療情報担当者であるMRは、薬剤師職種の中でも実力次第で高収入が期待できます。薬学の知識を生かせば自社の薬について説得力のある情報提供ができるでしょう。また、人材不足の地域では薬剤師を確保し、定着させるべく収入が比較的高く設定されているケースもあります。
ただし、目先の年収のみに固執した理由で職場を選ぶのであれば、調剤経験を磨いて自身の市場価値を高めておく方が、結果的に生涯年収を増やすことになるかもしれません。給与水準に加えて昇給率や業務内容、職場環境に至るまで慎重に考慮して、ミスマッチが起こらないように細心の注意を払いましょう。
支出を減らす方法
1.固定費を削減する
消費支出に占める住居費負担割合が大きいため、家賃補助のある就職先を選ぶと極めて効果的に節約できます。ほかにも、スマートフォンの通信費など毎月確定で支出する費用を無理のない範囲で見直しましょう。固定費は一度削ることができれば、節約効果が持続します。
2.繰り上げ返済を実行して返済期間を短縮する
第二種奨学金は利子付きであるため、繰り上げ返済をして返済期間を短縮することにより、短縮した期間に対応する利息部分の支払いが不要になります。不要になった利息分だけ総返還額が軽減する仕組みです。また、返済期間を短縮すれば、将来の生活設計を立てやすくなるでしょう。
ただし、住宅ローンなどに比べて奨学金の貸与利率は圧倒的に低いため、経済的に余裕があるタイミングで実行するようにしましょう。返済を早まった結果として、貸与利率の高い別のローンを組むことになっては元も子もありません。
奨学金の返還を助成する自治体| 日本学生支援機構
まとめ
日本学生支援機構の奨学金は、在学中の返還が猶予されるため、勉学に集中できるありがたい制度といえるでしょう。ただし、貸与利率が低いとは言え、借金を背負うことに変わりないため卒業後の返還は負担になります。無駄な利息の支払いを軽減するためにも、将来の生活設計に及ぶ影響を最小限にするためにも、可能な限りで早期完済の対策は必須です。
そのためには、返済支援のある職場や昇給率の高い職場に転職して収入を増やし、固定費を削減して支出を減らすなど、収支改善に努める必要があります。
収支が改善した結果として、繰り上げ返済の資金を確保できれば、早期完済を実現できます。金銭的なサポートが得られる職場に転職することは得策ですが、自身の資質に合致した条件のもと、将来を見越して長期安定的に生涯年収を増やせるかについて熟慮しましょう。
執筆者:長沼 満美愛さん
ファイナンシャルプランナーCFP(R)・1級FP技能士 神戸女学院大学卒業後、損害保険会社に就職。積立・年金・介護など長期保険に特化した業務を担当。そのあと、FP協会相談室の相談員として従事。現在、大学・資格の学校TAC・オンスク.JPにて資格講座の講師として活動するかたわら、セミナー講師や執筆も手がける。『あてるFP技能士1級』(TAC出版)を執筆。毎日新聞「終活Q&A」・みずほ銀行WEBサイトコラム寄稿。毎日新聞生活の窓口相談員。塾講師・家庭教師の豊富な経験を活かして、「誰でも分かるセミナー講師」・「親身なFP個別相談」をめざす。