- 公開日:2022.09.13
新型コロナウイルス感染症の新薬開発!モルヌピラビル、ニルマトレビル/リトナビルなど<2022年7月最新版>
新型コロナウイルス感染症は、2019年12月に中国・武漢で報告され、以降は感染が世界中に拡大しています。当初は未知の感染症であったため、有効性が確認された治療薬はありませんでした。しかし、現在ではさまざまな治療薬やワクチンが臨床使用されています。
2021年12月にはついに経口治療薬も登場し、国内でも米メルク社が開発した「モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)」に続いて、米ファイザー社の「ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッドパック)」が承認を受けました。
ここではワクチンを含めた新型コロナウイルス感染症の治療薬ついて、現在使用されている経口薬の情報や開発中の新規治療薬についてご紹介します。
新型コロナウイルス感染症の予防・治療薬の種類
新型コロナウイルス感染症の治療薬は、大きく分けて4つの種類があります。それぞれの特徴を見ていきましょう。
1.ウイルスの侵入を防ぐ薬
治療薬というよりは予防手段といった方が適切ですが、ウイルスの侵入を防ぐ薬として、mRNAワクチンが世界中で接種されています。
mRNAワクチンは、新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質の設計図を人工的に作ったものです。ワクチンの接種により設計図が細胞内に取り込まれると、設計図の情報をもとに、人の体内でスパイクタンパク質が作られます。
このスパイクタンパク質に対して免疫機能が働きかけることで、新型コロナウイルスに対する中和抗体が大量に生産され、新型コロナウイルスの侵入を防いだり、感染しても重症化を防ぐことができると考えられています。
【医薬品や治療方法】
mRNAワクチン[コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2)]
2.抗ウイルス薬
抗ウイルス薬は、新型コロナウイルスが細胞に侵入したあとに増殖を抑える薬です。新型コロナウイルス感染症に用いられている抗ウイルス薬は、大きく「RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬」と「メインプロテアーゼ阻害薬」の2つに分けられます。
RNAウイルスである新型コロナウイルスが増殖する際には、ウイルスRNAを鋳型としてmRNA(ウイルスタンパク質への翻訳および自己複製のためのRNA)を作らなくてはなりませんが、このときに重要な働きをするのがRNA依存性RNAポリメラーゼです。新型コロナウイルス感染症の治療に用いられるRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬には、レムデシビル(商品名:ベクルリー)や、モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)があります。
新型コロナウイルスは、ウイルスの複製中に長いポリタンパク質を合成し、これを切断することでウイルスの構成タンパク質を作り出します。ポリタンパク質を切断する際に必要となる酵素がメインプロテアーゼです。新型コロナウイルス感染症の治療に用いられるメインプロテアーゼ阻害薬にはニルマトレルビルがあり、同薬の体内濃度を適切に維持する目的でリトナビルを併用した製剤がパキロビッドパックです。
【医薬品】
レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル/リトナビルなど
3.中和抗体薬
中和抗体薬は、抗体がウイルスの表面にあるスパイクタンパク質に結合し、細胞に付着するのを防ぎます。重症化のリスク因子があり発症から7日以内で酸素投与を必要としていない軽症の患者さまにおけるウイルスの増殖を阻止し、重症化を抑制する効果が期待できます。
現時点で、厚生労働省の特例承認を受けている中和抗体薬には「カシリビマブ/イムデビマブ(商品名:ロナプリーブ)」と「ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ)」の2つがあります。ロナプリーブは、新型コロナウイルスに結合する抗体2種(カシリビマブ、イムデビマブ)を混ぜ合わせて使用しており、抗体カクテル療法と呼ばれます。
【医薬品】
カシリビマブ/イムデビマブ、ソトロビマブなど
中和抗体薬による治療‐東京都福祉保健局
4.免疫抑制・調整薬
ウイルスに感染すると免疫反応が起こりますが、ときに過剰な免疫反応が引き起こされ、全身に炎症反応が広がることもあります。免疫抑制・調整薬は全身の炎症反応(サイトカインストーム)を抑え、体にダメージを与えてしまうのを防ぎます。
【医薬品】
デキサメタゾン、バリシチニブなど
経口抗ウイルス薬のモルヌピラビル、ニルマトレルビル/リトナビル
ここでは、新型コロナウイルス感染症の治療に用いられる経口抗ウイルス薬のモルヌピラビルとニルマトレビル/リトナビルについて解説していきます。
モルヌピラビル
モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)は、米メルク社(メルク・アンド・カンパニー)が開発した抗ウイルス薬です。新型コロナウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼに作用することでウイルスRNAの配列を変異させ、ウイルスの増殖を阻害します。当初はインフルエンザの薬として開発されていましたが、後に新型コロナウイルス感染症に対する有効性が確認されます。新型コロナウイルスの治療薬としては初の経口薬(飲み薬)で、2021年11月4日、同薬は世界に先駆けてイギリスで承認されました。
2021年12月に報告された臨床試験では、発症5日以内の治療開始でプラセボ群(699名)では68名(9.7%)が重症化(入院または死亡)したのに対し、治療群(709名)では48名(6.8%)と、重症化のリスクが30%減少しました。また、死亡例はプラセボ群では9名(1.3%)だったのに対し、治療群では1名(0.1%)でした。
COVID-19抗ウイルスの取り組みに関する情報‐メルク・アンド・カンパニー
Covid-19 非入院患者の経口治療薬としてのモルヌピラビル‐NEJM
新型コロナウイルス治療薬の特例承認について‐厚生労働省
ニルマトレビル/リトナビル
ニルマトレビル/リトナビル(商品名:パキロビッドパック)は、米ファイザー社が開発した抗ウイルス薬です。モルヌピラビルとは異なり、ウイルスが自身のRNAをコピーする準備段階で働く酵素(メインプロテアーゼ)に作用して、ウイルスの増殖を阻害します。リトナビルは、ニルマトレルビルの代謝を遅らせて体内濃度を維持し、ウイルスへの作用を補助する目的で併用されています。
2022年2月に報告された臨床試験では、発症3日以内の治療開始でプラセボ群(682名)では44名(6.45%)が重症化(入院または死亡)したのに対し、治療群(697名)では5名(0.72%)と、重症化のリスクが88.9%減少しました。また、死亡例はプラセボ群では9名(1.32%)だったのに対し、治療群では0名(0%)でした。
ニルマトレビル/リトナビルは、アメリカでは「パクスロビド」という商品名で緊急使用許可を受けています。しかし、2022年6月にファイザー社はアメリカに正式な承認を求めていることが発表されています。承認された場合、ほかの医薬品と同じ市場で流通するようになる可能性があります。
高リスクの入院していない成人 Covid-19 患者に対する経口ニルマトレルビル‐NEJM
新型コロナウイルス治療薬の特例承認について‐厚生労働省
『ニルマトレビル/リトナビル』医療従事者専用サイト‐ファイザー
COVID-19の経口治療薬‐東京都医学総合研究所
コロナ経口薬『パクスロビド』米国で正式承認申請‐REUTERS
国内で開発中の新型コロナウイルス感染症治療薬(一覧表)
国内で開発中の新型コロナウイルス感染症治療薬について、いくつか例をあげながらご紹介します(以下で示す主な商品名は、新型コロナウイルス感染症以外の適応症に用いられているものを含みます)。
薬品名 | 主な商品名 | 分 | 開発対象 |
---|---|---|---|
ファビピラビル | アビガン | RNAポリメラーゼ阻害薬(経口薬) | 軽症〜中等症I |
S-217622(エンシトレルビル) | ゾコーバ | プロテアーゼ阻害薬(経口薬) | 無症候〜中等症I |
イベルメクチン | ストロメクトール | 抗寄生虫薬の転用(経口薬) | 軽症〜中等症I |
AZD7442 (チキサゲビマブ/シルガビマブ) |
中和抗体薬(注射薬) | 予防・軽症〜中等症 | |
サリルマブ | ケブザラ | ヒト化抗ヒトIL-6受容体モノクローナル抗体(注射薬) | 中等症Ⅱ〜重症 |
アドレノメデュリン | 生理活性ペプチド(注射薬) | ||
サルグラモスチム | GM-CSF製剤(吸入薬) | 無症候〜軽症 | |
シクレソニド | オルベスコ | ステロイド製剤(吸入薬) | 無症候・軽症 |
ナファモスタット | フサン | セリンプロテアーゼ阻害薬の転用(注射薬) | |
ネルフィナビル | ビラセプト | HIVプロテアーゼ阻害薬の転用(経口薬) | 無症候・軽症 |
ファビピラビル
富士フイルム 富山化学が開発した、新型・再興型インフルエンザに適用を有するRNAポリメラーゼ阻害薬です。重篤でない肺炎の患者さまを対象とした国内第Ⅲ相試験の結果から2020年10月に承認申請されましたが、同年12月の薬食審分科会では継続審議となりました。
エンシトレルビル(開発コード: S-217622)
塩野義製薬が開発中の、無症状から中等症までの患者さまが対象の経口薬です。国際共同第Ⅱ/Ⅲ相試験を実施しており、2022年2月の承認申請後、緊急承認申請が行われましたが、同年6月の医薬品第二部会において、さらに慎重に議論を重ねる必要があるとされました。
イベルメクチン
抗寄生虫薬として臨床現場で用いられてきたイベルメクチンですが、同薬には抗ウイルス活性が知られていました。2022年6月現在、新型コロナウイルス感染症に対する有効性については、興和株式会社が軽症の患者さまを対象とした国内第Ⅲ相試験を実施しています。
AZD7442
アストラゼネカが開発中の中和抗体薬(筋注製剤)です。2成分の長期作用型抗体からなり、海外第Ⅲ相試験(曝露前予防)と日本を含む国際共同第Ⅲ相試験(治療)で、新型コロナウイルス感染症の発症リスクに統計的有意差が示されたと発表されています。曝露前発症抑制については、2021年12月にアメリカで緊急使用許可が下り、2022年3月にはEUでも承認されています。同年6月には発症抑制、治療ともに特例承認申請が行われました。
新薬の開発、今後の動向にも注目
新型コロナウイルス感染症の治療薬は、過去に例を見ないほどのスピードで開発が進められています。現在注目されているのは、国産としては初の経口治療薬である、塩野義製薬の「エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ、開発コード: S-217622)」です。6月22日の薬事・食品衛生審議会医薬品 第二部会では承認が先送りとなりましたが、7月中にも開催される薬食審分科会において、改めてゾコーバの承認が審議される見込みです。
今後の開発動向に注目し、最新情報をキャッチアップできるようにしましょう。
監修者:青島 周一(あおしま・しゅういち)さん
2004 年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012 年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。(特定非営利活動法人アヘッドマップ)共同代表。
主な著書に『OTC医薬品 どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』『薬の現象学: 存在・認識・情動・生活をめぐる薬学との接点(丸善出版)』