- 公開日:2021.07.09
『処方箋上のアリア』作者 三浦えりかインタビュー【第4回 薬剤師×漫画家】
薬剤師資格を持ちながら、薬剤師以外のジャンルに活躍の場を広げる方が近年増え続けています。この企画では、薬剤師のほかにも様々な領域に特化し自らのキャリアを描く先人たちをご紹介していきます。
第4回目は漫画家の三浦えりかさん。薬剤師として病院と調剤薬局に約12年勤め、在職中に漫画家デビューを果たしました。2020年8月より、『月刊!スピリッツ』で薬局薬剤師が主人公の漫画『処方箋上のアリア』を連載しています。
多忙な薬剤師と漫画家を両立しながら、患者さまのために日々行動するなどバイタリティ溢れる三浦さん。今回は、三浦さんの薬剤師時代のお話やお仕事への考え方、『処方箋上のアリア』への思いなどを伺いました。
- ファーストキャリアは病院薬剤師。「医療全体の流れを知りたい」
- 多職種連携や薬薬連携... スムーズな連携のカギは日常的なコミュニケーション
- とにかく描きたいから描く。挑戦への不安や迷いはなかった
- ずっと描きたかった「ミステリー」の舞台は、身近な薬局にあった
- 漫画を通して、もっと医療を身近に感じてほしい
- 今、薬剤師として頑張っている経験は決して無駄にならない
ファーストキャリアは病院薬剤師。「医療全体の流れを知りたい」
三浦さんの薬剤師としてのご経歴と、現在のご活動について教えてください。
現在は、月刊スピリッツで薬局薬剤師が主人公の漫画『処方箋上のアリア』を連載中です。
薬剤師としては、大学卒業後に宮城県の病院に8年間勤めました。その後、漫画家デビューをきっかけに上京し、2年ほど前まで調剤薬局で働いていました。
最近まで薬剤師として現場に出られていたんですね。薬剤師を目指したきっかけについて教えてください。
小さい頃から体が弱くて、よく病院に行ったり薬を飲んだりしていたので、医療に関係のある仕事に就きたい気持ちはずっとありました。そのなかで薬剤師を目指したのは高校生のときですね。化学の授業で習った物質や有機化学の話がすごく面白くて。物質とは何か、お薬はなんで効くのかということがすごく知りたくなったんです。それでお薬に興味がわいて、薬学部に進みました。
薬剤師のファーストキャリアでは病院を選択されていますが、どのような思いがあったのでしょうか?
まずは医療全体の流れを知りたいと思ったので、様々な職種の方がいる病院を希望しました。たとえば、患者さまが病院に行って処方箋が出るまでの流れだったり、医療にかかわる職種のなかで薬剤師ってどういう存在なのかだったり、わからないことがたくさんあって。当時は病院以外への就職は考えていなかったですね。
入職後に感じたギャップや、大変だったことを教えてください。
やはり様々な職種の方がいるので、良い関係を築くまではちょっと大変だった記憶があります。薬剤師だからとお薬の勉強をしているだけではやっぱりだめで、患者さまはもちろん、ほかの職種のことも考えて仕事をしないといけないと気づけました。
多職種連携を円滑に行うために、どのような工夫をされていたのでしょうか?
薬剤師に限った話ではないですが、相手の立場に立って接することが大切だと思います。言い方に気をつける、ソフトな話し方を心がける、それから、相手はどういう気持ちでこの行動をしたかを考える、などは意識していましたね。
あるとき、医師がAさんに出したい薬をBさんに処方していたことがあったんですよ。病棟でカルテを見て「Bさんにこの薬いらないのに...なんで?」と思って。よくよく聞いたら、先生がBさんのカルテを見ているときに看護師さんがAさんのことで話しかけたらしくて、それでBさんにAさんの薬を出してしまったということでした。
そこで頭ごなしにミスを責めるのではなく、まずは原因を把握したうえで「もしかしたら違っちゃったんじゃない?」という感じで、相手を責めない言い方には気をつけていましたね。とくに忙しくしているとミスは起きやすいですし、「間違えた」って言いやすい雰囲気を作るのは大事かなと思います。
多職種連携や薬薬連携... スムーズな連携のカギは日常的なコミュニケーション
最近では「薬薬連携」の重要性も増していますが、当時、薬局薬剤師との交流はありましたか?
入院患者さまの持参薬は門前薬局のお薬が多いので、何かわからないことがあれば電話したり、お薬が足りないときは薬局まで走って借りにいったりしていました。そこで薬局の様子をみて、こんな風にお仕事しているんだなと勉強させてもらいましたね。
それから宮城県にいたときに東日本大震災があり、病院の診察が完全にストップしてしまって、入院患者さまがいるけどお薬が手に入らない状況でした。そのとき、営業を止めている近くの薬局からお薬の在庫をいただけて...本当に助かりました。普段からコミュニケーションを取っていて良かったと実感した瞬間でしたね。
普段のコミュニケーションが、有事の際のスムーズな連携につながるんですね。
本当にそう思います。いざというときに頼れたり話せたりするかは、日常的なコミュニケーションがカギですね。仕事に関係ない話でも普段からしておくと、仕事の話も聞いてもらいやすくなりますし。
これは患者さまとの関係でも同じことが言えて、普段からコミュニケーションを取っていると、「先生には言わないでほしいんだけど、実はお薬を飲んでなくて隠し持ってる」みたいな話をこっそりしてくるんですよね(笑)。もちろんそのままにはしておけないので「ちゃんとお薬飲もう」って説得して。その患者さまに対して「なんだか治療がうまくいっていないな」と思っていたので、日常的な会話が原因を見つけるきっかけになった経験かなと思います。
もともと周りの方と活発にコミュニケーションを取られる性格だったのですか?
いえ、入職してすぐはほかの職種の方と何を話せばいいか全然わからなかったです。でも、はじめは皆さん怖そうに見えますが、頼ったらしっかり応えてくれる方ばかりなので、もっと積極的に相談すればよかったなと思いますね。
恐る恐る看護師さんに話しかけて、だんだん看護師さんもしょうもない話をしてくれるようになって。「下剤飲みたいんだけど何がおすすめ?」とか聞かれたり、あとは当直中の先生が薬局でぼおっとしてたり(笑)。
こちらから積極的に話しかければ相手も心を開いてくれて、先ほど言ったような信頼関係につながっていくんですよね。ですので今新人の方には果敢に攻めてもらいたいです。
漫画家デビューをきっかけに上京されてから、調剤薬局で働かれていたそうですね。印象に残っている患者さまはいますか?
せきが止まらないからと病院を受診した患者さまは心に残っていますね。呼吸器内科を受診したのにはっきりとした原因がわからず、自分は大きな病気なんだとすごく暗い顔をしていて。ただ、いつも飲んでいるお薬を確認したら、ACE阻害薬というせきの副作用がある薬を服用していたんですね。それで患者さまに「いつも飲んでいる血圧の薬が原因でせきが出ている可能性がある」と伝えたうえで、まずは呼吸器内科の先生に連絡して薬を中止してもらいました。
その後、内科の先生に電話をして、似たような作用でせきの副作用がない薬に変更してもらって。結果的に薬を変えたらせきが止まったようで、後日わざわざお礼に来てくださったんです。すごくうれしかったですね。しっかり薬剤師としての役割が果たせたなと思えた経験でした。
とにかく描きたいから描く。挑戦への不安や迷いはなかった
そうした中で、三浦さんが漫画家を目指したきっかけはなんだったのでしょうか?
漫画家への憧れは、子どものときからずっとありました。ただ、「セーラームーンになりたい」と思っているくらい夢のまた夢の存在だったので、自分がなれるとは思っていなかったですね。
それで憧れはありつつ薬剤師として働いていたんですが、あるとき体調を崩して1週間くらい休んだことがあったんです。それが人生について考えるきっかけになりました。そういえば漫画家が夢だったなと思いだして、ちょっと描いてみたいなと。
それからは仕事終わりや休日に少しずつ漫画を描き進めていきました。
新しい道に進むことへの不安はありませんでしたか?
とにかく楽しいから描くという感覚でしたね。不安はなかったですが、薬剤師資格を持っていることは今思えば心の安定につながったと思います。漫画がうまくいかなかったら、薬剤師をしようと心のどこかで思っていたかもしれないです。
自分はこれをやってきたと言える経験があれば、いつか戻れると思えますよね。薬剤師も増えているので、今後はどうなるかわかりませんが(笑)。当時は、きっと大丈夫だろうと考えていたんでしょうね。
やりたいことに挑戦するけど不安が大きいときはどうすれば良いと思われますか?
不安があるのならまずは何が不安なのか考えて、できるだけ払拭するような行動を起こしたらいいんじゃないかなと思います。もし金銭面が心配なら、お金を貯めれば解決しますよね。漠然とした不安なら、もうやっちゃいなよと思いますけどね(笑)。
それでも不安で動けないなら、今はタイミングではないのかも。いつか、もうワクワクしていてもたってもいられない瞬間がやってきたら、行動してみたらいいんじゃないかなと思います。
ずっと描きたかった「ミステリー」の舞台は、身近な薬局にあった
©三浦えりか/小学館
デビューされてからは恋愛漫画を中心に描かれていましたが、作風の異なる『処方箋上のアリア』を制作されるに至った経緯を教えてください。
昔から東野圭吾さんの小説が大好きで、サスペンスやミステリーを描きたいという気持ちはありました。でも私の絵柄は少女漫画向きだと思っていたので、最初は少女漫画でデビューさせてもらったんですが...絶対恋愛要素を入れないといけないと知らなくて。どうしても主人公を途中で事件に巻き込みたくなってしまうんですが、もちろんNG(笑)。
それでやっぱり自分が描きたい作品を描こうと思って、青年誌である『月刊!スピリッツ』のお世話になることに決めました。
念願のサスペンスやミステリーが描ける環境になったんですね。ただ、最初は薬剤師の漫画を描こうとは考えていなかったそうですね。
本当にまったく考えていなかったです。薬剤師は自分にとって日常すぎて、テーマにしても面白くないと感じていたんですよね。ただ、初めて担当の垣原さんにお会いしたときに元薬剤師と話したらすごく面白がってくれて。そこまで言ってくれるなら描いてみようかなと思って、今に至ります。
漫画を読ませていただくと、薬や薬局ってまさにサスペンスやミステリーに近いんだなと感じました。
そうなんですよ。病院だと、カルテに検査値から家族構成、今日の会話まであらゆる情報が書かれているので、謎の部分ってあまりないんです。でも調剤薬局って、処方箋以外の情報がないからすごくミステリーですよね。実際に調剤薬局で働いていたときは、患者さまの様子を見て、いろいろ予想して、この検査を受けたほうがいいよとすすめたりしていました。
漫画を通して、もっと医療を身近に感じてほしい
ストーリーはどのように考えられているのでしょうか?
医療を身近に感じてもらえたらいいなとは、薬剤師をしていたころから感じていました。患者さまって、医師に対して「ん?」って思ってもなかなか言えないんですよね。自分は医療の専門家ではないから、先生が言うことが正しいんだと引いてしまう。たとえば、副作用かなと思っても「まさかな」って考えるのをやめてしまったり。
でも、やっぱり体調のことは患者さま自身の訴えが一番正しいと思うんです。だからこそ、カフェインやバイアグラ、OTC医薬品など、だれでも手に届く場所にある、明日から使えそうな知識をテーマにすることで、医療をもっと身近なものと捉えてもらいたいと思っています。
おっしゃる通り身近なテーマが多く、医療従事者ではない方が読んでも勉強になります。たとえば、カフェインの含有量のお話はすぐに使える知識ですよね。※
目安みたいなものがあるとわかりやすいですよね。数字で見ると、意外とコーヒーにカフェイン入ってるなと知ったり。「ずっと体調が悪かったのはカフェインが原因かも」と気づいたと言ってくださった読者さんもいて、描いて良かったと思いました。
©三浦えりか/小学館
お話を作るうえで、とくに意識されていることはありますか?
自分が元薬剤師だったので、医療従事者でない方と感覚がズレないように気をつけていますね。私は興味があるけど、ほかの方も同じように感じるか、担当さんとこまめに相談しながら進めています。
たとえば今月号(2021年05月27日発売 月刊!スピリッツ7月号)は、生理痛がテーマです。友人からも「何を飲んでいいかわからない」「眠くならない薬はあるか」などの質問を受けることがあり、多くの方が気になる話題だなと思ったので題材にしました。
漫画のなかで繰り返し、「処方箋がなくても、困ったときはいつでも薬局に来て良い」といったセリフが登場します。これも実際のご経験から出てきた言葉なのでしょうか?
そうでうすね。調剤薬局で働いていた経験が生きています。
実際に、調剤薬局で働いていたとき、ふらっと患者さまが来て「ロキソニンは買えますか」などと聞いてくれることがありました。調剤薬局であれば必ず薬剤師がいるので、ロキソニンが買えるんですね。でもこれって知っている人は一定数いるけど、意外と知らない方も多いのかなと思っていて。
飲み合わせがわからなくなったとか、薬を飲み忘れてしまうんだけどどうしたらいいかとか相談にいらっしゃる患者さまもいましたね。処方箋がなく来られる患者さまに薬剤師は慣れていますし、コミュニケーションが取れるのはうれしいです。病院はふらっと行ける場所ではないので、もっと気軽に、町の相談屋として役に立てたらと思います。そういう思いもあり、漫画でもよく使っているセリフです。
今、薬剤師として頑張っている経験は決して無駄にならない
漫画家として、薬剤師として、様々な職種でご活躍される三浦さんの、働くうえでのお考えを教えてください。
薬剤師と漫画家はまったく別の仕事と思っていたんですが、実は「かかわった誰かを今よりもちょっと幸せにする」という目的は同じだなと気づいたんです。皆さん生活するうえで、あれを食べたい、飲みたい、あの服を着たい、あれを読みたいとか、自分をちょっと幸せにするためにお金を払うから、その対価をいただくのが仕事なんだと思っています。
ですので薬剤師と漫画家は幸せにする手段が違うだけで、目的は同じなんですね。自分が選択できる手段のなかで、今できる最善を尽くせたらいいなと思っています。
複数の専門性ができることで、キャリアはどのように変わりましたか?
最初に薬剤師として働き、漫画家になって。薬剤師だったからこそ、いま薬剤師漫画を描くことができている。こうして自分の経験がどんどん重なっていくのを感じると、どんな経験も生かせるんだなと思います。一見関係なさそうなことも、どこでつながるかわからないですし決して無駄ではないですね。
ご自身の今後のキャリアについて、お考えをお聞かせください。
今は本当に目の前にあるものを良くしようとしか考えていないので、今後についてはわからないですね。漫画家になってからは、連載したい、コミックスを出したいと考えていて、まずは叶ったので、とにかく今は作品をより良いものにしたいという気持ちにシフトしています。
最後に、これからキャリアを形成していく若手薬剤師にメッセージをお願いします。
私も、薬剤師の仕事が漫画に生きるとは一切思っていませんでした。薬剤師を続けながら別の仕事をしている方もたくさんいます。今、日々一生懸命働いているのは素晴らしいことですし、決して無駄にならないので前向きに取り組んでいただきたいですね。
でも、もし薬剤師以外にもやりたいことが見つかったり、わくわくすることが見つかったら、ぜひやってみてねとお伝えしたいです。今まで頑張った経験があったら、もしうまくいかなくても戻れるから。面白そうなものがあったら、とにかくやってみて幸せに過ごしてほしいなと思います。
三浦えりか(みうら・えりか)さん
薬剤師、漫画家。薬剤師として在職中に漫画家デビュー。病院と調剤薬局で約12年のキャリアを積み、現在は漫画家として活動。2020年8月より、小学館『月刊!スピリッツ』にて『処方箋上のアリア』を連載中。