- 公開日:2022.08.22
【薬局のお困りごと】薬剤師に起こりうる薬局ヒヤリ・ハット事例をご紹介!医療事故を未然に防ぐには
調剤ミスにより起こった事例には、「調剤事故」「調剤過誤」「ヒヤリ・ハット」があります。「調剤事故」とは、患者さまに健康被害が発生してしまった調剤に関するすべての事故(アクシデント)のこと。「調剤過誤は、とくに薬剤師の過失(調剤間違い、説明不足、指導内容の誤りなど)で起こった調剤事故を指します。
一方で、ヒヤリ・ハットとは、患者さまの健康被害の発生には至らなかったものの、一歩間違えれば調剤事故になっていた可能性のある出来事(インシデント)を指します。些細な調剤ミスでも患者さまの健康被害につながることがあるため、ヒヤリ・ハットを見逃さずに対策を行うことが重要です。
この記事では、公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業報告書より事例をピックアップし、正しい薬剤師の対応について紹介します。
ヒヤリ・ハットとは?
ヒヤリ・ハットとは、「調剤ミスなどにより患者さまの健康被害は起こっていないものの、ヒヤリとしたり、ハッとしたりした出来事」を指します。「1件の重大な事故の裏には、29件の軽微な事故と、300件の怪我に至らない事故がある」というハインリッヒの法則は、医療の現場でも例外ではありません。
重大な調剤事故へと発展させないためにも、これまでに起きたヒヤリ・ハット事例を知り、事前に対策を行うことが重要です。
ヒヤリ・ハットの発生傾向
ヒヤリ・ハットの発生には、どのような傾向があるのでしょうか。ここでは、薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業 第26回報告書(2021年7月~12月)の集計報告をもとにして解説していきます。
発生曜日×発生時間帯の傾向
処方箋受付回数が不明であるため、発生率は分かりませんが、上記の表によると、薬局におけるヒヤリ・ハットの発生件数は月曜日~金曜日の10:00~17:59(とくに10:00~11:59)、および土曜日の10:00~13:59の間に集中していることがわかります。調剤薬局の多くは処方元の医療機関に合わせて開局しているため、9:00~17:59に処方箋が集中することや、曜日においても土曜日の午後や日曜日は定休日として営業を行っていないケースが多いことから、事故の発生も前述の期間に集中していると考えられるでしょう。
また、もう少し詳細に見ていくと、明確な理由は分かりませんが、休日明けの月曜日(とくに10:00〜11:59)が最も多く、週末の金曜日の午後(16:00~17:59)に発生件数が増加する傾向も見えてきます。
調剤に関するヒヤリ・ハット傾向
発生要因としては、判断誤りや手順不遵守などの当事者の行動に関する要因に加えて、慣れ・慢心や焦り・慌て、知識不足などの当事者の背景的要因、繁忙などの発生時の状況に関する要因が大きな割合を占めています。
また、事例の内容としては、薬剤取り違えや規格・剤形間違い、計数間違いなどの調製および鑑査時に発生する内容が多く報告されています。
医療機関側におけるヒヤリ・ハット傾向
医療機関側におけるヒヤリ・ハットの発生要因として、患者さまとのコミュニケーション不足・齟齬および処方内容の確認不足が全体の約半数を占めていることが読み取れます。
また、内容としては投与量の間違いが最も多く、次いで、同効薬の重複や同成分の重複、用法、病態禁忌、相互作用、副作用歴などさまざまな事例があります。
薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業 第26回報告書(2021年7月~12月)
薬局ヒヤリ・ハット事例
ここでは、実際にあった薬局でのヒヤリ・ハット事例を引用し、薬剤師の対応について解説していきます。
CASE1.薬剤取り違え(調剤)
【事例の詳細】
泌尿器科を受診した患者に【般】タダラフィル口腔内崩壊錠5mg:ZA 1回1錠1日1回夕食後が処方された。
調製者はタダラフィルOD錠5mgZA「トーワ」を取り揃えるところ、タダラフィル錠20mgAD「TE」を取り揃えた。鑑査者、交付者ともに間違いに気付かず、患者に薬剤を交付した。患者は40日間服用後に薬剤が違うことに気付き、薬局に連絡した。薬剤師は、副作用発現が疑われる症状はないことを患者から聴き取り、処方医へ報告を行った。
【背景・要因】
薬剤師による二重チェックを行っていたが、調製者、鑑査者ともに薬剤と処方箋に記載されたタダラフィル錠の規格を照合しなかった。交付者は、患者と一緒に薬剤を確認しなかった。
ホスホジエステラーゼ5阻害剤であるタダラフィル製剤には、効能・効果が異なる3種類の製品が販売されており、処方せんでは、一般名と規格のあとに「ZA(ザルティア)」「AD(アドシルカ)」「CI(シアリス)」の略号が付加されて区別されています。それぞれ効能・効果や用法・用量が異なるだけではなく、警告や禁忌などにも違いがあるため(下表)注意が必要です。
薬剤 | ZA | AD | CI |
---|---|---|---|
効果・効能 | 前立腺肥大に伴う排尿障害 | 肺動脈性肺高血圧症 | 勃起不全(満足な性行為を行うに十分な勃起とその維持ができない患者) |
用法 | 1日1回 | 1日1回 | 1日1回 性行為の約1時間前 |
用量(通常時) | 5mg | 40mg | 10mg |
薬物動態学的 併用禁忌 |
なし | 強いCYP3A4 誘導薬・阻害薬 |
なし |
薬剤師の対応
タダラフィル製剤のように効果・効能によって、用法用量が異なる薬剤が処方された場合、取り間違え防止策として、まずは患者さまの疾患や治療目的をしっかり把握し、用法用量が適切であるかを確認することが重要です。また、ピッキングの際に間違えないように保管する場所を工夫したり、二重チェックなどによる監査を徹底したり、投薬時に患者さまと薬剤を確認したりすることなどがあげられます。
CASE2.同成分の重複(疑義紹介)
【事例の詳細】
60歳代の患者に、医療機関Aの整形外科からサインバルタカプセル20mg 1回1カプセル1日1回朝食後14日分と、タリージェ錠、ノイロトロピン錠が処方された。薬局で管理している薬剤服用歴を確認したところ、医療機関Bの精神科からデュロキセチンカプセル20mg「日新」1回3カプセル1日1回朝食後28日分が処方されていたことが分かった。整形外科の処方医に情報提供を行った結果、サインバルタカプセル20mgは削除となった。
【推定される要因】
整形外科の処方医はお薬手帳を確認しなかったか、あるいは、確認したがデュロキセチンカプセルがサインバルタカプセルの後発医薬品であると認識していなかった可能性がある。
別々の医療機関の異なる診療科から、サインバルタカプセルと後発医薬品(デュロキセチン)が重複処方された事例です。デュロキセチン製剤の効能・効果には、うつ病・うつ状態のほかに、糖尿病性神経障害や繊維筋痛症、慢性腰痛症、変形性関節症に伴う疼痛があります。精神科や心療内科だけでなく、内科、整形外科などの複数の診療科から処方される可能性があるので注意しましょう。
薬剤師の対応
同成分・同薬効の薬剤が重複するケースには、先発医薬品同士や後発医薬品同士だけでなく、先発医薬品と後発医薬品の組み合わせがあることに注意が必要です。お薬手帳や口頭インタビューなどにより、他科受診によって服用している併用薬剤の商品名と成分名を常に把握しておくことが極めて大切です。
CASE3.剤形(疑義紹介)
【事例の詳細】
初めて来局した患者に【般】オキシコドン錠10mg 1回1錠1日2回が処方された。オキシコドン錠10mg「第一三共」であれば1日量を4回に分割経口投与することから、薬剤と用法が一致しないと判断し、疑義照会を行った。処方医は徐放錠を処方するつもりであったことが分かり、薬剤師が徐放錠には複数の薬剤があることを説明した結果、【般】オキシコドン徐放錠10mg(乱用防止製剤) 1回1錠1日2回に変更になった。患者にオキシコドン徐放錠10mgNX「第一三共」を交付した。
【推定される要因】
処方医は、オキシコドン錠には普通錠と徐放錠があり、それぞれに乱用防止製剤があることを把握していなかったと推測される。
オキシコドン製剤(麻薬指定)の錠剤には普通錠と徐放錠があります。それぞれに乱用防止製剤が販売されていますが、オキシコドンから、オピオイドを抽出して注射としたり、粉末として吸入したりするなど、乱用摂取が問題になるためです。
たとえば、乱用防止製剤のオキシコンチンTR錠は強度が高いため、粉末まで砕きにくく、水と混ぜると添加物(ポリエチレンオキシド)がゲル化し、水に溶けにくくなるように工夫されています。
また、薬剤名にNXが付いている乱用防止製剤は、主成分のオキシコドン塩酸塩水和物に加えて、麻薬拮抗剤のナロキソン塩酸塩が含まれているため、注射などの不正な使用方法を防ぐことが期待されています。注射した場合、ナロキソン塩酸塩はオキシコドンに対して拮抗作用を発揮しますが、経口服薬したときは、肝初回通過効果によりほとんど代謝されるため、拮抗作用は示さず、鎮痛効果には影響しません。
薬剤師の対応
オキシコドン製剤が一般名で処方されたときは、剤形、乱用防止製剤、用法用量などの違いを把握したうえで、処方監査および調剤を行います。本事例のように処方医が剤形の選択を誤って処方した可能性がある場合は、疑義照会を行う際に薬剤の特性や違いを分かりやすく伝えましょう。
CASE4.投与量(疑義紹介)
【事例の詳細】
処方医は小児の患者にリスペリドンとして0.5mg(リスパダール細粒1% 0.05g)を処方するつもりであったが、処方オーダリングシステムに入力する際に0.5gと入力し、間違いに気付かないまま処方箋が発行された。薬局の薬剤師は処方箋通りに薬剤を調製し、家族に交付した。患者が薬剤を2回服用した後に傾眠の症状がみられたため、医療機関を受診したところ、過量投与であることが分かり、近隣の医療機関に緊急入院となった。
【背景・要因】
調剤時、薬局には薬剤師が一人しかおらず、通常より少ない人数で業務を行っていた。薬局にはリスパダール細粒1%の在庫はなく、薬剤を急いで調達するため、処方監査より発注業務を優先して行った。患者の家族が薬剤を取りに来るまでに時間がなく焦りがあったこと、処方医が専門医であったことから処方内容に疑いを持たず、疑義照会が必要であることに気付かなかった。薬剤が到着する前に家族が来局し、薬剤を交付できないことを説明している最中に薬剤が納品されたため、家族を待たせた状態で調製を行った。薬剤を交付する際、薬の飲ませ方などの質問を受け、その説明に終始し、処方内容の確認を行わなかった。
今回の事例では、小児患者に対して、通常投与量の10倍のリスパダール細粒が誤って処方されていました。リスパダールのようにハイリスク薬の過量処方は患者さまに重大な健康被害を起こす可能性が高いため、薬剤師による処方監査は最後の砦であり、とても重要です。
薬剤師の対応
小児の患者さまに処方された薬剤を調剤する際は、年齢・体重、症状を確認して処方量が適正であるか、処方意図などの処方監査を行うことが必須です。今回の事例では、「小児期(原則:5歳以上18歳未満)の自閉スペクトラム症に伴う易刺激」に対して処方されていたと推測できます。体重によって用法用量、上限量が異なっているため、必ず添付文書で確認しましょう(下表)。
しかし、一人で調剤を行った場合などでは間違いが起こりやすいため、薬剤投与前のみならず、投与後においても、処方内容と添付文書等の情報を照合し、正しく調剤を行ったかを再検証することが重要です。
体重 | 15kg以上~20kg未満 | 20kg以上45kg未満 | 45kg以上 |
---|---|---|---|
開始用量 | 1日1回0.25mg | 1日1回0.5mg | |
4日目以降 | 0.5mg (1日量) 1日2回に分ける |
1mg (1日量) 1日2回に分ける |
|
増量間隔 | 0.25mg(1日量)ずつ 1週間以上あける |
0.5mg (1日量)ずつ 1週間以上あける |
|
1日上限量 | 1mg | 2.5mg | 3mg |
ヒヤリ・ハット事例を活用して事故を未然に防ごう
この記事では、公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業報告書より事例をピックアップし、その対応について紹介しました。
薬局業務では、薬剤師の過失の有無にかかわらず、患者さまの健康被害が発生する重大な調剤事故につながるリスクが常にあると考えられます。軽微な事故やヒヤリ・ハットの事例を薬局スタッフ間で周知徹底して、その原因を明らかにし、再発防止のための対策を立てることが不可欠です。
過去の事例からヒヤリ・ハットが発生しやすい状況や内容を分析して、それぞれの薬局で重大な調剤事故を起こさないために役立てていきましょう。
監修者:前原 雅樹(まえはら・まさき)さん
有限会社杉山薬局小郡店(福岡県小郡市)勤務。おもに精神科医療に従事し、服薬ノンアドヒアランス、有害事象、多剤併用(ポリファーマシー)などの問題に積極的に介入している。
2019年、英国グラスゴー大学大学院臨床薬理学コースに留学(翌年、同コース卒業)。日本病院薬剤師会精神科専門薬剤師、日本精神薬学会認定薬剤師。
そのほか、大学非常勤講師の兼任、書籍(服薬指導のツボ 虎の巻、薬の相互作用としくみ[日経BP社])や連載雑誌(日経DIプレミアム)の共同執筆に加え、調剤薬局における臨床研究、学会発表、学術論文の発表など幅広く活動している。