- 公開日:2020.04.17
薬剤師のキャリアデザイン「やりたいことは、なくてもいい」<後町陽子インタビュー 第1回>
やりたいことを考えキャリアを描き、理想のキャリアを実現するためにキャリアプランをたてる。そんな風潮が高まるなか、「やりたいことが見つからない...」「どうやってキャリアを築いて行けばいいのかがわからない...」そんな方もいるのではないでしょうか。
お話を伺ったのは、かつて青年海外協力隊として活動し、薬剤師として働きながら病院経営コンサルタントとして精力的に活躍される【後町陽子(ごちょう ようこ)さん】。豊かなキャリアからたどり着いた、「薬剤師のキャリアデザイン」についてお話いただきました。
薬剤師にキャリアデザインは必要?
就職や転職を考えるうえで、キャリアデザインを描くことが求められるようになりました。しかし、はじめから目標を明確にもって社会に出ている薬剤師は多いのでしょうか?
「やりたいことがなければいけない」という空気感がありますよね。でも、実際にはじめから明確な目的や目標をもって社会に出る薬剤師は少ないと思います。薬学生に「なぜ薬学部に来たの?」と聞いたら、きちんと理由を答えられるのは半分以下ではないでしょうか。
そもそもすべての大学でキャリア教育が充実しているわけではないので、キャリアデザインを考える機会がないんです。だから、だいたいの人は薬学部5年生頃にはじまる就職活動をきっかけにはじめてスタート地点に立つケースがほとんどだと思います。
薬剤師としてキャリアを積んでいくうえで、キャリアプランをたてることは必要なのでしょうか?
もちろん自分のやりたいことが明確にある場合は、キャリアプランをたてて進める方がいいと思います。でも、必ずしもみんながやりたいことを明確にもっているわけではないし、計画をたてても思い通りにいかない場面も多いです。だから私は、その人にとって「プランをたてるべき時期」と「そうでない時期」があると思っています。
私の場合、キャリアを選択するときは、大きくわけて2つの動機がありました。「こういう仕事がしたい!」と強く望んでキャリアを選択したときと、偶然出会って「面白そうだから」と選択したとき。キャリアプランは、何年かに1度キャリアを積む中で描きつつ、一方で偶発的なことが起きたときには流れに身を任せてみる余裕をもつことも必要と考えます。
自分のキャリアについて考える時間は、誰かが提供してくれるわけではなく、自分でつくらなければいけません。ですから、「自分がどうありたいのか」「どんなことをしたいのか」「自分にあった働き方とは」といったことを考える機会をもつことが重要だと思います。
専門性一択から、パラレルキャリアの時代へ
これまでの一般的な薬剤師のキャリアは、どのようなものだったのでしょうか。
一般的なファーストキャリアは「薬局」「病院」「製薬関連企業」の3つ、もしくは「公務員」を選択するといったところでした。様々なデータから見ても一番多いのは薬局で、その次に病院、製薬関連企業です。
数は少なくても薬剤師が活躍できる職業が実はたくさんあるので、それを偶然見つけられた人は異分野で活躍される場合もあるでしょう。たとえば私は前職で医療系メディアの編集者をしていました。そのほかにも、化粧品会社や食品会社、最近ではヘルスケアベンチャー、医療系アプリの開発をしている会社などでは薬剤師が活躍しています。ただし、これらの職種は薬剤師のキャリア選択の1つとして広く認識されていないので、既存の枠組みにとらわれず幅広く探索する中で見つけたか、知り合いなどに紹介されてその道に進んでいる方がほとんどだと思います。
今後は働き方改革やテクノロジーの進化など様々な変化が予想されます。そのなかで、今後予想できるキャリアパスにはどのようなものがあるでしょうか。
これまでと一番変わるのは、副業を認める企業が多く出てきて、パラレルキャリアが一般化していくことです。今までは1度に1つの職種を一直線に進んでいくキャリアが主でしたが、最近は軸になる仕事をしながら別のこともして、より立体的なキャリアを積めるようになってきました。今後はこの経験が、薬剤師という仕事により生きていくと考えています。
具体的にいうと、どのように変わるのでしょうか?
薬剤師の仕事は、患者さんがいて、患者さんの生活があって、それを支える医療を行うことが最終的な目的です。しかし、薬局や病院といった医療業界に勤めていると、一般企業に勤めている方々と環境や働き方が違うので、患者さんの背景や価値観を理解しようと思ってもピンと来ないことが多くあります。
たとえば、抗がん剤治療が必要な働き盛りの年齢の患者さんがいたとします。より高い効果を得るための入院治療が必要な場合、「入院で治療した方が効果は高いので、入院しましょう」と薬学的な観点から一方的に言い切ることは適切でしょうか。患者さんからしたら、入院には高額な医療費がかかるうえに、仕事を長期間休まなくてはなりません。収入面はもちろん、キャリアも揺るぎ、家族にも負担をかけることを心配するでしょう。
患者さんの話をよく聞き、そういったことを考慮したうえで、仕事を続けながら通院治療ができる可能性はないか、その場合の治療効果は入院治療の場合と比較してどのくらい差があるのか、といったことも含めて検討し、丁寧なコミュニケーションを取ることで初めて薬剤師の知識は生かされると思います。患者さんの生活や価値観を無視して、薬学的な正論しか言えないとなれば、信頼関係を築くのは難しいでしょう。
だからこそ、いろいろな仕事を経験して社会を知ることはすごく大事です。それが"副業"という形だけではなく、同じ会社で違う部門の仕事も兼任できるようなシステムができるとさらにやりやすいですね。実際にそういった取り組みをしている企業はあって、長いキャリアのなかでそうした経験ができると、そのあとのキャリアにもいい影響を与えると思います。
外的キャリアと内的キャリアとは?キャリアデザインの描き方
キャリアデザインを描くうえで、最も重要なことはなんでしょうか?
一番重要なのは、自分を知ることです。転職活動や就職活動というと、まず会社のことを調べがちですが、その前に自分の軸を決めなければいけません。今なら「自己診断ツール」などで簡単にチェックできるので、そうしたツールやアプリ、キャリア系の本、キャリアカウンセラーなどを活用して、自分の強みや喜びを感じるポイント、どういった環境にストレスを感じるかを把握しておくことが重要です。それをやらずに表面的な部分だけでキャリアを追い求めてしまうと、どこかで方向性を見失ってしまいがちです。
キャリアには、「外的キャリア」と「内的キャリア」の2つがあります。「外的キャリア」とはいわゆる肩書きや職業など外から見えるキャリアで、「内的キャリア」は働きがいや生きがいなど自分の価値観に関するキャリアです。このうち「外的キャリア」だけを目標にしていると、資格や役職だけを追い求めてしまい、どうしても理想と現実のイメージのギャップが生まれやすくなります。ですから、キャリアを考えるときには「内的キャリア」も一緒に考えておくと、幸福や自分らしさの選択につながりやすくなると言われています。
たとえば、「ドラッグストアのエリアマネージャーになりたい」という目標を追い求めたとして。叶った先には膨大な量の仕事があり、プライベートの時間がないとします。そうなったときに、どうしてこの仕事がしたかったのかを見失うことがありますが、「いろんな店舗を統括して現場で頑張っている人たちを支えたい」というような内的キャリアを自覚していれば、それはエリアマネージャーでなくても叶えられるかもしれませんよね。そうした本質的なキャリアを掴んでおけば、より自分らしく働ける環境での目標設定が可能になります。
重要なのは選択すること。「やりたいことは、なくてもいい」
キャリアデザインを描くだけでなく実行するために、薬剤師はどういったことをしていくべきだと思いますか?
実行していくためには、外に出て情報を取りにいったり本を読んだり。もしくは薬剤師のキャリアに関する専門職・企業などをうまく使いましょう。病院、薬局、もしくは製薬関連企業といった医療業界で、薬剤師の世界の中だけにとどまっていると、キャリアの情報はすごく限られているうえに偏っています。自分1人では限界があるので、うまく人に頼ったり人の手を借りたりすることがポイントだと思います。
多くの場合、他人から見た自分は自分の認識とは大きく異なります。自分が信頼している同僚や同級生、部下、上司それぞれで、あなたの見え方は違うはずです。そういった周りの人の意見を聞いて、自分を振り返る機会をつくることも大切です。
キャリアデザインが必要な理由を教えてください。
「キャリアデザインを描く」というのは、「自分で選択をする」ということです。もしキャリアを考えることなくすべて偶発的なものだけ選んだとしたら、なぜ思うようにいかないのかがわからないでしょう。自分が「あのときこういう情報をもっと調べておけばよかった」「職場環境のここが自分にとって大事なポイントなんだ」という気づきは、自分のなかで具体化させることで得られます。
それを繰り返せば、その後のキャリアは前向きに進むでしょう。現状維持でよく、仕事に何も望んでいなければやらなくてもいいかもしれません。でも、キャリアを少しでも前向きに進めたいのなら、キャリアデザインは必要なプロセスであることに間違いありません。
最後に、自分のキャリアに悩んでいる方へ向けてメッセージをお願いします。
やりたいことは、なくてもいいんです。私もはじめは強い思いがありましたが途中でなくなり、色々な過程を経てやりたいことが見つかって、その繰り返しです。やりたいことがないなら、目の前のことを一生懸命にこなす、人と出会うことに徹するのもキャリア形成です。
その過程で自分のやりたいことに出会ったときには、思い切って飛び込んでみることだと思います。そうしていけば、少しずつ自分のキャリアに対する考え方や姿勢、求めているものは見えてくるはずです。
まとめ
薬剤師の働き方の選択肢は無限に広がり、個人個人の可能性がより多様化する時代がすぐそこまで来ています。自分を誰よりも理解し、キャリアに生かしていくために、まずは自分のキャリアデザインについて考える時間を設けてみませんか?
次回は、後町様のご経験から、国際協力に関するお話を伺います。国際協力のイメージとギャップ、海外で学んだこと、日本の医療に生かすべき点など国際協力に関心のある方はもちろん、日本での活躍を志している方にも学べる内容なので、ぜひチェックしてくださいね。
▼▼ 後町陽子さんのインタビュー一覧
第1回 薬剤師のキャリアデザイン「やりたいことは、なくてもいい」 第2回 薬剤師の国際協力「よりよく生きることを支える医療を目指して」 第3回 薬剤師のスキルアップ「なりたい自分に近づくために」後町陽子(ごちょう・ようこ)さん
薬剤師。ハイズ株式会社 医療経営コンサルタント。明治薬科大学を卒業後2年間、青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。帰国後、低所得国の医薬品流通や品質にかかわる医薬政策を研究するため金沢大学大学院修士課程(国際保健薬学)に進学。急性期病院の薬剤師、医療者教育メディアでの編集者を経て、2018年から現職。本業と並行して薬局での勤務、医療通訳・翻訳、講演・執筆活動等でも活躍している。