- 公開日:2024.05.16
<エンレストの特徴とは>小児慢性心不全に対する効能効果を承認
エンレスト(一般名:サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物)は、慢性心不全や高血圧治療に用いられている薬です。2024年2月9日には、慢性心不全に対する小児適応が追加承認されました。
小児慢性心不全に対する新しい治療選択肢が増えたことで、服薬指導の方法も改めて学びなおす必要があるでしょう。
今回は、エンレストの特徴についておさらいしながら、新たに追加された小児慢性心不全に対する効能効果や承認の背景も解説していきます。
また、後半では薬剤師の方に参考にしてほしい、エンレストの服薬指導のポイントも解説しているので、ぜひ最後までご覧ください。
エンレストとは
2024年2月9日に小児用量が追加され、小児慢性心不全の治療薬として使用できるようになったエンレストについて、まずは効能効果や作用機序をおさらいしていきます。
効能効果
エレンスト(一般名:サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物)は、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)に分類される慢性心不全および高血圧の治療薬です。
エンレストは、慢性心不全と高血圧症に保険上の適応があり、新たに承認された小児用剤(粒状錠小児用12.5mg・31.25mg)に加え、50mg・100mg・200mgの5 種類の剤形があります。
作用機序
エンレストは、ネプリライシン阻害薬であるサクビトリルと、アンジオテンシン受容体拮抗薬であるバルサルタンが、1:1のモル比で構成された単一化合物で、心不全症状の緩和と進行の抑制が期待されている薬剤です。
サクビトリルは、その代謝物がネプリライシンを阻害することで、ナトリウム利尿ペプチドの作用を亢進させる働きがあります。利尿作用からナトリウムの排出が促されることで血圧を下げる効果が期待できます。また、ネプリライシンの働きを抑制すると血管拡張が拡張し、心臓への負荷を軽減する効果も期待できます。
さらに、バルサルタンがアンジオテンシン受容体を阻害し、血圧を低下させるだけでなく、心筋の肥大や血管の繊維化などのリモデリング(※)を抑制する効果も期待できるとされています。
※リモデリング=心不全などの疾患によって心臓の形や機能が変化すること。
投薬対象者
冒頭にもご紹介したように、エレンストは高血圧および慢性心不全に保険上の適応があります。エンレストを慢性心不全の治療に用いる場合には、既に標準的な治療を受けている方が対象となります。また、2024年2月9日に「エレンスト粒状錠小児用12.5mg」「同粒状錠小児用31.25mg」の剤形が追加されたことで、小児の慢性心不全にも使用できるようになりました。
エンレスト|適正使用ガイド慢性心不全エンレスト®錠を適正にご使用いただくために|大塚製薬株式会社
エンレスト錠|PMDA
小児専用剤形「エンレスト®粒状錠小児用」が承認を取得|大塚製薬株式会社
ノバルティス、小児専用剤形の「エンレスト®粒状錠小児用」に対する承認を取得|NOVARTIS
エンレストの小児用量が承認となった背景
2024年2月9日に、小児慢性心不全の適応が追加承認されたエンレストについて、小児用剤形が採用となった背景を解説していきます。
エンレストの有効性を検証した臨床試験とその結果
心不全に対するエレンストの有効性を検証した臨床試験(PARADIGM-HF試験)の結果は、2014年に世界的にも有名な「The New England Journal of Medicine」に掲載されました。
海外で実施されたこの臨床試験では、ニューヨーク心臓協会(NYHA)分類II~IV度の心不全で、駆出率が 40%以下の8,442人が対象となりました。被験者は、標準的な心不全の治療に加えて、エンレストを投与する群と、エナラプリルを投与する群にランダムに振り分けられ、心臓病による死亡もしくは心不全による入院の発生件数が比較されました。
その結果、心臓病による死亡もしくは心不全による入院は、エナラプリル投与群で26.5%だったのに対して、エンレスト投与群で21.8%であり、統計解析の結果、エンレスト投与群で20%のリスク低下を認めました。
この海外の試験結果を受けて、日本人を対象とした臨床試験(PARALLEL-HF試験)が実施され、その結果は2021年に日本循環器学会誌に掲載されました。
海外の臨床試験と同様、この臨床試験でもニューヨーク心臓協会(NYHA)分類II~IV度の心不全で、駆出率が 35%以下の225人が対象となりました。
被験者は、標準的な心不全の治療に加えてエンレストを投与する群と、エナラプリルを投与する群にランダムに振り分けられ、心臓病による死亡もしくは心不全による入院の発生件数が比較されました。
その結果、エンレストとエナラプリルの効果は、ほぼ同等であることが示されました。なお、日本の臨床試験は、エンレストの安全性評価を目的として実施されており、本結果を踏まえて、同薬の安全性が確認されたと結論されています。
小児慢性心不全に対するエンレストの有効性は、PANORAMA-HFと名付けられた臨床試験で検証されています。同試験では、生後1ヵ月~18歳未満の心不全患者さん377人が対象となりました。被験者は、エンレスト投与群とエナラプリル投与群にランダムに振り分けられ、心不全の状態などが比較されました。
その結果、エンレストとエナラプリルで心不全の状態に明確な差を認めませんでしたが、副作用の発生頻度も同程度でした。なお、PANORAMA-HF試験では日本人12人が参加していました。
エンレスト錠の承認における国内外の背景
エンレスト錠は2015年7月にアメリカで初めて承認された後、慢性心不全治療薬として120カ国以上で承認を受けている薬です。高血圧症への適応ではロシアや中国などでも承認を取得しています。
小児の慢性心不全への適用に関しては、2024年2月時点でアメリカや欧州を含む40カ国以上での承認がされており、欧州ではエンレスト粒状錠も承認を得ています。対して日本の状況を見ると、薬剤の承認について慎重な姿勢が伺えるでしょう。
<日本のエレンスト錠承認の経緯>
2020年6月 エンレスト錠が慢性心不全の治療薬として承認
2021年9月 高血圧症を効能又は効果として承認
2024年2月 小児における慢性心不全の効能または効果及び用法・用量が承認
エンレスト|適正使用ガイド慢性心不全エンレスト®錠を適正にご使用いただくために|大塚製薬株式会社
エンレスト錠|PMDA
小児専用剤形「エンレスト®粒状錠小児用」が承認を取得|大塚製薬株式会社
ノバルティス、小児専用剤形の「エンレスト®粒状錠小児用」に対する承認を取得|NOVARTIS 慢性心不全薬物治療の新しいトピックス 日本内科学会雑誌第109巻第2号|J-STAGE McMurray JJ, et al. Angiotensin-neprilysin inhibition versus enalapril in heart failure. N Engl J Med. 2014 Sep 11;371(11):993-1004.|PubMed
エンレストの用法用量
成人だけでなく小児に対する適応も追加となったエンレストについて、改めて用法用量をおさらいしていきましょう。
慢性心不全の方・高血圧の方
成人は慢性心不全の方および高血圧の方が、小児は慢性心不全の方が対象となっています。用法用量については異なるため、それぞれ解説していきます。
成人
成人の方の場合、1回50mgを開始用量として1日2回内服します。基本的に50mgからの投与を開始として、必要に応じて2~4週間の間隔で100mg~最大200mgに増量が可能です。
ただし成人であっても妊婦・授乳婦への投与は禁忌となっています。詳しくは後述していきます。
小児
1歳以上の小児には、体重に合わせた開始用量で1日2回内服します。
今回は12.5mgと31.25 mgの2つの小児用製剤が追加されたため、これらを組み合わせて投与することになります。
添付文書から、小児における体重ごとの1回投与量の用量を表で記載しましたので参考にしてください。
体重 | 開始用量 | 第1漸増用量 | 第2漸増用量 | 目標用量 |
40kg未満 | 0.8mg/kg | 1.6mg/kg | 2.3mg/kg | 3.1mg/kg |
40kg以上 50kg未満 | 0.8mg/kg | 50mg | 100mg | 150mg |
50kg以上 | 50mg | 100mg | 150mg | 200mg |
※エンレスト錠添付文書から抜粋
上記が通常の量とされていますが、副作用の出現など患者さまの状況によって減量します。
エンレスト|適正使用ガイド慢性心不全エンレスト®錠を適正にご使用いただくために|大塚製薬株式会社
エンレスト錠|PMDA
小児専用剤形「エンレスト®粒状錠小児用」が承認を取得|大塚製薬株式会社
ノバルティス、小児専用剤形の「エンレスト®粒状錠小児用」に対する承認を取得|NOVARTIS 慢性心不全薬物治療の新しいトピックス 日本内科学会雑誌第109巻第2号|J-STAGE
エンレストの禁忌・副作用・使用上の注意
次に、エンレストの禁忌や副作用、使用上の注意について解説していきます。
禁忌
重篤な肝障害の患者さまは禁忌となっています。
また、妊婦の方や妊娠の可能性のある方は、エンレストによる催奇形性が報告されているため禁忌とされており、心不全や高血圧の治療が必要な場合は、他の薬剤を選択することになります。
ほかにも下記の場合が禁忌となっています。
1.アンジオテンシン変換酵素阻害薬の投与中か、投与中止から36時間以内の方
2.血管浮腫の既往がある方
3.アリスキレンフマル酸塩を投与中の糖尿病の方
1の禁忌については、アンジオテンシン変換酵素阻害薬を併用することでブラジキニンの分解を抑制するため、血管浮腫のリスクが高まるとされています。
また、3のアリスキレンフマル酸塩は、エレンストとの併用によってレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系を阻害する作用が増強し、高カリウム血症や腎機能障害などの重篤な合併症のリスクが高まるため禁忌とされています。
併用注意
併用禁忌を除く併用に注意が必要な薬としては下記のものが挙げられます。エンレストと併用することで、降圧作用の増加もしくは減弱などのリスクが高まります。詳細は最新の添付文書でご確認ください。
アリスキレンフマル酸塩については、併用禁忌との重複に疑問を抱く方もいるかもしれません。
前述のようにエンレストには、アンギオテンシン受容体拮抗薬であるバルサルタンが含まれた化学構造を有しています。そのため、アリスキレンフマル酸塩と併用することで、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系を阻害する作用が増強します。しかし、作用の増強には個人差も多く、患者さまの腎機能の状態や副作用の程度によっては、治療上の必要性から併用処方されるケースもあります。
副作用
エンレストで懸念されている主な副作用は下記のとおりです。
副作用 | 製剤添付文書に記載されている発現頻度 |
低血圧 | 8.8% |
高カリウム血症 | 3.9% |
腎機能障害 腎不全 | 2.4% 0.6% |
血管浮腫 | 0.2% |
失神 | 0.2% |
副作用の確率は、低血圧が8.8%近くと確率が高くなっています。また重篤な血管浮腫や高カリウム血症、腎機能障害などの副作用も出現するのが報告されており、採血データと照らし合わせながら使用していく必要があるでしょう。
ほかにも疲労感や咳嗽、低血糖などの副作用もあります。
エンレスト|適正使用ガイド慢性心不全エンレスト®錠を適正にご使用いただくために|大塚製薬株式会社
エンレスト錠|PMDA
小児専用剤形「エンレスト®粒状錠小児用」が承認を取得|大塚製薬株式会社
ノバルティス、小児専用剤形の「エンレスト®粒状錠小児用」に対する承認を取得|NOVARTIS 慢性心不全薬物治療の新しいトピックス 日本内科学会雑誌第109巻第2号|J-STAGE
エンレスト錠の服薬指導のポイント
小児用剤が追加されたことで、今後も処方量が増えていくと想定されるエンレスト。エンレストの服薬指導を行う際は、以下のポイントに注意しましょう。
服薬開始時にふらつきやめまいが起こる可能性があると伝える
エンレストは高血圧症の方にも適応を有する降圧薬であり、低血圧の発現頻度は8.8%と高く、低血圧の副作用に注意が必要です。とくに服用開始時や増量時には低血圧が起こりやすいため、ふらついたりめまいを起こしたりする可能性もあります。
成人の場合、内服後は「自動車の運転」や「高所での作業」をしないよう注意します。また、小児の場合では高所に登る遊具などで遊ばないように伝え、内服後はなるべく安静にするように説明しましょう。
長期的な経過を観察する必要があると伝える
心不全の治療は、改善と悪化を繰り返しながら経過していくものです。とくに小児では、適応となる心不全治療薬が少ないことから、新たな薬に期待を膨らまされるご家族も多いかもしれません。しかし、エンレストも長期的な経過観察が必要であることを伝えましょう。
使用していく中で気になる副作用があれば、適宜相談して欲しい旨も伝え、患者さまやそのご家族のQOL維持に努めていきましょう。
手足や唇の痺れ、脱力感など高カリウム血症の兆候について伝える
エンレストの内服における重篤な副作用の一つとして、高カリウム血症も軽視できません。手足や唇の痺れ、脱力感といった高カリウム血症の兆候のほか、症状があれば速やかに受診するように伝えましょう。
また、発生頻度は希であるものの、血管浮腫などの重篤な副作用も知られています。呼吸困難感などの兆候についても過剰に不安を煽りすぎない程度に伝えていくようにしましょう。
こまめに水分補給をするように伝える
エンレストの内服によって脱水症状を起こす可能性もあります。
こまめに水分補給をするように伝える必要がありますが、主治医によって水分量に制限がある患者さまの場合は、主治医の指示に従うように伝えましょう。
エンレスト|適正使用ガイド慢性心不全エンレスト®錠を適正にご使用いただくために|大塚製薬株式会社
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エンレスト錠はじめてガイド〔成人用〕(高血圧)|ノバルティス ファーマの医療関係者向けサイト DR's Net
エンレストの特徴を知り小児に対して服薬指導が正しくできるようになろう
今回の記事では、エンレストについて、小児用量の承認までの背景や基本の効能効果、作用機序や副作用などを改めて紹介していきました。
小児の処方が増える可能性もあるため、小児への服薬指導についても考えておく必要があるでしょう。子どもにも理解してもらえる小児用のパンフレットを作成するなど、薬局全体でわかりやすい服薬指導について取り組んでいくのも良いかもしれません。
服薬指導のポイントを参考に、小児を含めた患者さまが安心・安全に使用できるようにしましょう。
監修者:青島 周一(あおしま・しゅういち)さん
2004年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。(特定非営利活動法人アヘッドマップ)共同代表。
主な著書に『OTC医薬品どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』『薬の現象学:存在・認識・情動・生活をめぐる薬学との接点(丸善出版)』