- 公開日:2021.04.16
ポリファーマシー真の目的は「患者さまの希望に寄り添う薬物療法の提供」<溝神文博インタビュー第3回>
日本での研究も急速に進み、医療者のなかで今や当たり前に取り扱われるポリファーマシー。薬剤師にとってもかかわりの深い問題として捉えられている一方で、「知ってはいるけど、自分に何ができるのかわからない」と感じている方も多いのではないでしょうか。
国立長寿医療研究センター薬剤部に勤めながら、長年ポリファーマシーの研究に携わる溝神文博【みぞかみ・ふみひろ】さんにお話を伺う本連載。最終回となる第3回では、ポリファーマシー解決に至った患者さまとのコミュニケーションの事例を中心に、ポリファーマシー対策に必要な意識について伺いました。
- 患者さまとのコミュニケーションのカギは「話を聞く姿勢を見せること」
- 適切な薬物療法を提供するための"7つの項目"
- 患者さまとのコミュニケーションを通して、問題の本質を捉える
- 患者さまに適切な薬物療法を提供するために、まず重要なのは「問題意識を持つこと」
患者さまとのコミュニケーションのカギは「話を聞く姿勢を見せること」
溝神さんが愛知県内の薬局1000ヶ所に対して行ったアンケートでは、薬剤師の約70%がポリファーマシーについて理解しているものの、実際に対処にあたったのは7%だったそうですね。
はい。ただ、これは2015年に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を出してすぐの調査だったので低かったのかなと考えていて。この5年で医療者の認知度は劇的に上がっていますし、ポリファーマシーに対する考え方も変わってきているのを実感するので、今行えばもう少し結果は変わってくるでしょうね。
認知はしていても実際にポリファーマシー解決のために行動するのはハードルが高いことだと思います。溝神さんは、患者さまと日々どのようなコミュニケーションをとっているのでしょうか?
患者さまに対して、まず「薬に問題があるかもしれなくて見直したいのですが、見直すためにも情報が必要なので色々聞かせてくださいね」というふうに伝えています。
ただ「薬の話を聞きに来ました」とは言うものの、あまり薬の話や説明はしないようにしていますね。もちろん「これは血圧を下げるお薬で...」と説明すれば患者さまも聞いてくれますが、それよりも現在の薬物療法に対する評価を優先する方が重要だと考えていて。「調子はどうですか?」というところから、痛みはどうか、眠れているかといった話をしていき、徐々に自宅での過ごし方やご家族の話など深い話題につなげています。
患者さまとお話しするなかで意識しているポイントを教えてください。
必要な情報を聞き出そうとするあまり、こちらから一方的に情報を与えすぎるとそれに対しての答えしか返ってこないので、聞く姿勢は意識しています。当たり前かもしれませんが、話を聞く姿勢を患者さまにしっかりと見せて話を促すことや、上から目線にならないように話すことはいつも心がけていますね。
適切な薬物療法を提供するための"7つの項目
しっかりと患者さまから日常のお話を聞くことでポリファーマシーの問題に気づけるのですね。実際に、患者さまとのコミュニケーションによってポリファーマシーを解決した事例はありますか?
当センターの「高齢者薬物治療適正化チーム」での事例を2つご紹介します。
1人目
80代女性 身長145cm 体重48kg 主科:リハビリ科
現病歴:交通事故による骨盤骨折、入院中肺塞栓症発症、DVTあり
併存疾患:高血圧症、陳旧性脳梗塞、骨粗鬆症、子宮筋腫Ope、肺塞栓症、深部静脈血栓症
検査等:要介護度2 MMSE:21/30 血圧80-100/60前後 HR:60 Cre:1.0mg/dL
生活環境:独居(家族が近くに住んでいる)
嗜好:味の濃い食事を好む
服薬管理:自己管理 PTP 残薬は若干バラバラ
この方はもともと8種類の薬を飲んでいましたが、肺塞栓で深部静脈血栓症があるにもかかわらずその治療が行われていなかったんですね。そこで血管外科へコンサルテーションを行い、抗凝固薬のエドキサバンを開始しました。また認知機能の低下やせん妄を引き起こす副作用を持つシメチジンを処方されていましたが、この方には認知機能の低下が見られ、処方の開始理由も不明だったため投与を中止しました。
さらに、血圧は入院時から低く、リハビリの妨げになっていました。普段から味の濃い食事を好む方で、入院食による塩分制限や活動量の低下、服薬アドヒアランス上昇のため血圧が低下したと考えられます。様々な理由から総合的に評価し、降圧薬の中止と管理栄養士による栄養指導も行いました。
ほかに腎機能の低下もあり、下剤の変更を提案したり、身体を動かしたときに痛みがあったのでトラマドールをアセトアミノフェンの頓用に変更したりと、最終的には8種類から4種類と頓用1へ減らすことができました。
薬を減らしていく際に気を付けなければならない点を教えてください。
重要なのは「患者さまが薬物療法を受ける目的は何か」を最優先して考えることです。
この方の1番の目的はリハビリや在宅復帰だったので、それを実現するのに最適な薬物療法は何かと考えていくこと。ほかにも7つの項目(※)に沿って、必要な薬物療法が提供されているか、反対に不要な薬が処方されていないか、有効性は問題ないか、有害事象の危険にさらされていないか、そして患者さま中心の薬物療法が行えているかなど、総合的に評価する必要があります。
▲(※)溝神さん講演資料より抜粋
患者さまとのコミュニケーションを通して、問題の本質を捉える
続いて、2人目の方についてもご紹介をお願いします。
2人目
80代女性
日常自立度:J2(隣近所へなら外出可能なレベル)
認知機能:MMSE19/30
GDS(老年期うつ病評価尺度):15点中12点(うつ傾向が非常に高い)
併存疾患:高血圧症、脂質異常症、骨粗しょう症、不眠、抑うつ、脳梗塞、白内障
この方は左膝関節炎があり、人工関節の置換術のために当センターに入院した方です。処方されている薬は全部で14種類あり、なかでもベンゾジアゼピンが4種類で非ベンゾジアゼピンが1種類と抗不安薬が多く出ていました。
抗不安薬はJ2レベルのADLをさらに下げることが予想され、人工関節置換の術後に転倒したり褥瘡ができたりするリスクが高くなるので中止した方が良いと思ったんですね。ただ紹介状には抑うつとしか書いておらず、処方理由が記載されていなかったので、まずはなぜこんなに薬が出たのか探るところから始めました。
患者さまと話をした結果、薬が増えた原因が夫からの暴力にあることがわかりました。昔から暴力を振るわれたり外出制限があったりで、恐怖から抗不安薬や眠剤を処方してもらっていたようです。そうなると、確かに術後のリスクを考えると中止したほうが良い薬ですが、果たしてそれがこの方にとってハッピーかというとそうではないですよね。
この方の不安が取り除かれないままただ薬を減らされては、全く意味のない状態になってしまう。そこで、精神科、老年内科、医療ソーシャルワーカー、病棟薬剤師と看護師で協力して根本原因である夫との関係性の解決に取り組みました。
どのような対策をされたのでしょうか?
ご自宅に2人がずっと一緒にいるのが問題なので、物理的に夫と距離を取れるようデイサービスに行ってもらうようにしました。また、お孫さんが一緒に暮らすようになったとのことだったので、お孫さんにも正確な情報を確かめながら協力してもらいました。
最終的にはベンゾジアゼピンも減らせ、MMSEも入院時は19だったのが術後の再検査では28まで上昇していて、薬の影響で認知機能が低下していたこともわかりました。なにより最初にお会いしたときの暗い表情が明るい笑顔に変わったことや、退院時に「ありがとう」と言ってもらえたのはとても嬉しかったですね。
患者さまに適切な薬物療法を提供するために、まず重要なのは「問題意識を持つこと」
どちらの事例も、患者さまとしっかりコミュニケーションを取ることが重要だとわかります。
ポリファーマシーとは、つまるところACP(アドバンス・ケア・プランニング)なんですね。ACPは医療やケアについて、患者さま本人が家族や医療スタッフと繰り返し話し合うプロセスだと言われています。必要な薬について話し合うのは、患者さまの人生の選択にもかかわる非常に大きい話ですよね。
たとえば今処方されている薬を中止するかどうか判断するとき、薬で得られるベネフィットと、薬によって起きるリスクをしっかり考慮しないといけない。多職種とも連携して、治療の方向性を患者さまに共有しながら繰り返し話し合っていくことが求められます。
患者さまのその後の人生まで考えてかかわっていく必要があるのですね。
ポリファーマシー対策を考えると、つい処方箋やカルテにばかり目が行きがちです。保険診療点数がつくとなおさらかもしれません。しかしポリファーマシー対策は何のために行うかというと、やはり患者さまのためですよね。真の目的は減薬や診療報酬を得ることではなく、患者さまの希望に寄り添う薬物療法を提供すること。その意識は忘れずに持っておかないといけないと思います。
▲(※)溝神さん講演資料より抜粋
ポリファーマシーの問題は、取り組んでみると奥が深くて。さらに、やることも多いため、薬剤師の仕事なのかわからないことも結構あります(笑)。ただ自分の取り組みが最終的に患者さまの笑顔として返ってくればやる意味があるのかなと思っていて。「患者さまの希望に寄り添う薬物療法の提供」のために、少しずつ進めていきたいなと考えています。
ありがとうございます。最後に、この記事を読む若手薬剤師にメッセージをお願いします。
薬剤師の最大の使命は、患者さまの薬物療法が適切であるかを判断して、最適な薬物療法を提供することだと思います。そのためにはポリファーマシーに限らず、患者さまとはしっかりとコミュニケーションを取ってほしいですね。またポリファーマシーを含め、問題を解決するためにはまずその問題に意識を向けないと始まりません。興味を持たないと、ただ日常が過ぎていくだけですから。患者さまに適切な薬物療法を提供するために、どうすればよいか、自分には何ができるかと問題意識を持ってもらえると良いですね。
まとめ
ポリファーマシー対策の本質は、「患者さまに適切な薬物療法を提供すること」にあります。言葉だけを聞くと難しく感じるかもしれません。しかし、たとえば昨日より少しだけ深いところまで患者さまにお話を聞いたり、患者さまとゆっくりお話しする場をセッティングしたり、他の職種の方とコミュニケーションを取ったり。そんな小さな一歩が、目の前の患者さまを救うきっかけになるのです。
日々忙しく過ごす薬剤師は、処方箋をさばくことで手いっぱいになることも多いかもしれません。しかし一度立ち止まり、目の前の処方箋の先には一人ひとり状況の異なる患者さまがいると意識してみてください。考え方を少し変えてみることが、ポリファーマシー解決の大きな一歩となるでしょう。
▼▼ 溝神文博さんのインタビュー一覧
第1回 「ポリファーマシー」の現状と課題から考える、薬剤師にできること 第2回 ポリファーマシー対策における多職種連携の重要性「泥臭い活動を続けていく」 第3回 ポリファーマシー真の目的は「患者さまの希望に寄り添う薬物療法の提供」溝神文博(みぞかみ・ふみひろ)さん
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター薬剤部所属。2007年に名城大学卒業後、同センターにて薬剤師業務の傍らポリファーマシー研究の第一人者として活動を続けている。2014年に慶應義塾大学大学院薬学研究科にて薬学博士取得。日本老年学会、日本老年薬学会、日本褥瘡学会、日本サルコペニア・フレイル学会等に所属。ポリファーマシー研究の一環として「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン(日本老年医学会)」の改訂作業に従事、厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会に構成員として携わっている。そのほか、大学での非常勤講師など活躍の場は多岐にわたる。日本医療薬学会Postdoctoral Award受賞。