- 公開日:2024.01.31
【2023年】訪問看護ステーションにおける配置薬拡大について
2023年3月に行われた内閣府の規制改革推進会議「医療・介護・感染症対策ワーキンググループ」において、訪問看護ステーションにおける配置薬拡大について議論されました。在宅で療養する患者さまに対して、必要な薬を迅速に届けることは重要な課題となりますが、一方で日本薬剤師会は配置可能な対象薬の拡充案に「断固反対」の意をとなえています。この記事では、訪問看護ステーションの配置薬問題に関する現状と薬剤師が在宅医療に関わる意義について解説します。
- 訪問看護ステーションにおける配置薬の課題
- 訪問看護ステーションで起こった実際の事例
- 今後の在宅医療を推進するなかで訪問看護に薬を配置するメリット
- 薬剤師が在宅医療に関わる意義
- 今後の薬剤師に求められる訪問看護ステーションとの連携
訪問看護ステーションにおける配置薬の課題
訪問看護ステーションでは、配置できる薬が限られています。配置できる薬の種類や、薬を交付するまでの手順、医師や薬剤師との連携における課題について解説します。
訪問看護ステーションに配置できる薬の種類が限られている
現状、訪問看護ステーションに配置できる薬は以下のようなものです。
上記の薬に加え、実際の訪問看護の現場では鎮痛薬や抗生剤、抗不安薬、高カロリー輸液などが必要になることも多くあります。
配置薬以外の薬の交付に時間がかかる
訪問看護を利用している患者さまの病状が急変し、配置薬以外の薬が必要になった場合、薬の交付まで時間がかかってしまいます。地域の訪問看護ステーションに薬剤師が常駐していることはまれであり、医師が処方箋を発行しても、薬局から薬が交付されるまでに、時間的なロスが生じるのです。
<訪問看護ステーションにおける薬の交付までの手順>
1.利用者さまから訪問看護ステーションへ異変の連絡
2.訪問看護ステーションから医療機関の医師へ連絡
3.医師から薬の処方に関する指示
4.看護師が薬局から薬を入手、もしくは看護師から連絡を受けた薬剤師が配達
上記の流れを踏むと、利用者さまに薬が届くまで数時間かかることもあります。さらに、夜間や土日などではとくに医療期間や薬局との連携が取りにくいという指摘もあります。
訪問看護を利用している患者さまの病状が急変した場合でも、迅速に薬を使用できないことで、状態の悪化につながるケースが問題視されているのです。
訪問看護ステーションに配置可能な薬剤の対象拡充について 厚生労働省|内閣府
訪問看護ステーション(ST)へ配置可能な薬剤の対象拡充について|内閣府 指定訪問看護事業所への薬剤ストック (内閣府規制改革推進会議 第8回医療・介護・感染症WG)|内閣府
患者・利用者急変時の薬剤および特定行為に関する緊急調査 事例(発熱)|内閣府
訪問看護ステーションで起こった実際の事例
ここでは実際の事例を元に、訪問看護ステーションに薬剤が配置されていないことで迅速な治療が困難だったケースについて紹介します。
事例1
1つ目の事例は、必要な薬を入手するために看護師が利用者宅や医療機関を往復する必要があることで、時間的なロスが生じてしまったケースです。
1.訪問看護先の利用者が脱水症状、医師に報告し点滴の指示あり
2.当該医師の医療機関まで、補液剤や点滴ルートなどを受け取るために移動
3.利用者の家へ改めて訪問し、点滴を実施
4.訪問看護ステーションへ帰所
5.医師に状況を報告。翌日分の点滴指示あり。補液剤、点滴ルートなどを受け取るために医療機関へ移動
6.訪問看護ステーションへ帰所
上記の例では、訪問看護ステーションと利用者宅、医療機関の間をそれぞれ往復する必要があり、合計120分もの時間的なロスが生じています。
事例2
2つ目の事例は、医師が遠方にいることでうまく連携がとれず、利用者さまの症状悪化につながってしまったケースです。
1. 訪問看護先の利用者が発熱・鼻汁の症状(一般的な感冒症状と考えられた)
2.発熱による倦怠感を訴えていることから、医師に報告し、解熱剤の投与を打診。アセトアミノフェン投与の指示が出たが、医師は学会で遠方におり、すぐには処方できない状況
3.クーリング(※)を行い経過観察したが解熱せず、10時間後に家人より「熱が下がらず、ぐったりしてきた」との報告あり
4.改めて医師と相談の上、訪問看護師が20km離れた薬局でアセトアミノフェンを購入し、服用させた
5.利用者は1時間後に解熱し、気分がよくなったとのことで食事も口にできた
※後頭部や鼠径部、腋窩(わき)、頸部、背部といった体幹付近、または表在性に大きな動脈のある部位や炎症部位を冷やす看護技術のこと。
上記の例では、アセトアミノフェンが手元になかったことで、利用者さまが長時間熱に苦しむ結果となってしまいました。
在宅医療を推進するなかで訪問看護に薬を配置するメリット
ここでは、訪問看護ステーションにおける配置薬を拡大するメリットについてご説明します。
在宅療養者のニーズに迅速に対応できる
在宅療養者に必要な薬剤を訪問看護ステーションにあらかじめ配置しておくことで、緊急連絡を受けてから迅速に薬を持参し、医療処置を行うことができます。
また配置薬の拡大は、退院時や、連携の取りにくい夜間・土日、看取り時、災害時にも大きなメリットをもたらします。あらかじめ必要な薬が近くにあることは、利用者さまが住み慣れたご自宅で、自分らしい暮らしを安心して続けることができるでしょう。
医療機関や薬局の負担軽減につながる
訪問看護ステーションの配置薬が拡大することで、安全で合理的な薬物治療の提供のために、これまで以上に薬剤師がチーム医療に介入することになるでしょう。
また、あらかじめ必要な薬を配置できるようになれば、薬や医療資材を訪問看護ステーションに運搬していた医療機関や薬局の負担軽減にもつながります。
看護師の活躍の幅が広がる
訪問看護ステーションに必要な薬を配置しておくことで、中長期的な視点からみたメリットを得られる可能性もあります。そのメリットの1つが、看護師の「特定行為」の活用です。
「特定行為」とは、胃ろうカテーテルの交換や、インスリンの投与量の調整などの難易度が高い診療業務の補助です。訪問看護ステーションに必要な薬や医療資材がそろっていれば、それらを活用して特定行為ができる看護師の活躍の場が広がると考えられます。その結果、利用者さまが苦痛に悩まされる時間も少なくなるでしょう。
さらに、特定行為ができる看護師によって在宅療養や在宅看取りを推進できれば、昨今の超高齢多死社会における高頻度の通院や入院、救急搬送を抑える効果も期待できます。結果として、質の高い医療サービスをすべての国民に提供する体制を強化することにもつながります。
訪問看護ステーションに配置可能な薬剤の対象拡充について 厚生労働省|内閣府
訪問看護ステーション(ST)へ配置可能な薬剤の対象拡充について|内閣府 指定訪問看護事業所への薬剤ストック(内閣府規制改革推進会議 第8回医療・介護・感染症WG)|内閣府
特定行為とは|厚生労働省
薬剤師が在宅医療に関わる意義
訪問看護ステーションにおける配置薬拡大には多くのメリットがある一方で、薬剤師が不在の場所で薬を管理するリスクが懸念されています。
薬の調剤行為は薬剤師法における薬剤師の任務・責務であり、薬剤師は薬が迅速かつ安全に交付されるために以下のようなことを行っています。
たとえば在宅患者さまの処方で多い便秘薬の臨時処方についても、患者さまの腎機能や便の形状、薬の飲み方の特徴から最適な薬を提案できるのは、薬に精通した薬剤師ならではでしょう。
薬剤師が医師と独立した立場で処方の内容を確認することで、患者さまは安全で効果的な薬物療法を受けることができるのです。
このような医薬品の安全供給の面から、日本薬剤師会は訪問看護ステーションの配置薬拡大に対して反対の意をとなえています。薬剤師が不在の場所での配置薬拡大よりも、薬剤師を加えたチーム医療の推進を優先すべきだと考えているのです。
医薬品を調剤する現場に薬剤師がいない状況では、十分な医療安全が確保できないというのが、日本薬剤師会の主張です。一方で、薬剤師がこれまで以上に在宅医療に関わることができれば、薬剤師の専門性に基づいた処方内容の薬学的分析や服薬指導、処方医への報告、調剤後フォローアップを実施し、より安全な薬物療法を提供することができるかもしれません。
訪問看護ステーションに配置可能な薬剤の対象拡充について 厚生労働省|内閣府
日薬・山本会長 訪問看護ステーションの配置可能薬拡大に「断固反対」 規制改革の議論を牽制 ミクスonline|株式会社ミクス
今後の薬剤師に求められる訪問看護ステーションとの連携
今後の在宅医療を推進していくうえで、薬局や薬剤師には、さらに以下のようなことも求められるようになっていくでしょう。
急変した利用者さまに必要な薬や医療資材を迅速に届けるためには、近隣薬局の供給体制の強化が重要です。
また「在宅医療において薬剤師が担える業務が広がれば、患者さまが苦痛に苦しむ時間を減らせる」との意見も出ています。たとえば、末期癌の患者さまの疼痛に対する「点滴の交換や充填」を薬剤師ができれば、看護師の到着を待たずにすばやく対応できるでしょう。
配置薬の拡大にはメリットがあるものの課題をどう乗り越えるかが鍵となる
訪問看護ステーションに配置できる薬の種類が増えれば、患者さまの容体が急変した場合でも迅速に対応できるでしょう。一方で、日本薬剤師会は配置薬の拡大について、医薬品の安全供給の面から、反対の姿勢を示しています。政府は2024年度中に結論を出す方針を示していますが、在宅療養をしている方に対して薬剤師を含め医療従事者がどのように適切な薬物治療を提供していくかが課題となるでしょう。
監修者:青島 周一(あおしま・しゅういち)さん
2004年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。(特定非営利活動法人アヘッドマップ)共同代表。
主な著書に『OTC医薬品どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』『薬の現象学:存在・認識・情動・生活をめぐる薬学との接点(丸善出版)』